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第27回 シーズン3 エピソード7
円周率を数えよう(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/丸い三角関数』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/丸い三角関数』として書籍化されています。

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の部屋

ユーリ「あーあ、退屈だよ、お兄ちゃん! 何かないの?」

「人の部屋に来て『退屈だよ』はないよなあ。ユーリこそ、何かないの?」

ユーリ「ん?」

「ほら、変な機械やゲームとか持ってきてたじゃないか」

ユーリ「あー……ないにゃ」

ユーリは中学二年生。のいとこだ。 いつものことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 栗色のポニーテールにジーンズといういつものスタイルでの部屋にやってきた。

は高校二年生。数学が大好きだ。 ユーリにせがまれるまま、おもしろい数学の話をすることがよくある。

「まあ、そのへんにある本でも読んでたら?」

ユーリ「いやいやいやいや、乙女に対してその扱いはないっしょ!」

「そう?」

ユーリ「何かないのー? ねーないのー?」(バンバン)

「机たたくのやめろよ。そうだなあ……じゃあ、円周率を数えるっていう話はどうかな」

ユーリ「えんしゅうりつをかぞえるって、なにそれおもしろそう!」

円周率

「ユーリは円周率って何だか知ってる?」

ユーリ「お兄ちゃんは信号機って何だか知ってる?」

「信号機? もちろん知ってるよ。なんでそんなこと聞くの?」

ユーリ「ねー、ユーリもそういう気持ちになったんだよ。円周率? もちろん知ってるよ。なんでそんなこと聞くのかにゃ?」

「ああ……そういう意味? あのね、数学をやるときはいつもこんなふうに定義を確認するのが大事なんだよ。 だって、何を意味しているかわからないまま話をしても混乱するだけだろ?」

ユーリ「まーね。でもね、ユーリ、円周率は知ってるよ。 $3.14$ ってやつでしょ?」

「そうだけど、違うよ」

ユーリ「あ、違う。ずっと続くんだった。 $3.1415$ ナントカカントカ…」

「そうだけど、違うよ」

ユーリ「違うの?」

「円周率が $3.1415\cdots$ ってずっと続くというのは正しいよ。 $3.141592653589793\cdots$ って続くんだけどね。 でもそれは円周率の定義じゃない」

ユーリ「てーぎじゃない?」

「そう。《これこれこういう数のことを円周率という》といえなきゃ」

ユーリ「だったら《$3.1415\cdots$ のことを円周率という》でいーの?」

「いやいや、それじゃ円周率が何なのかわからないだろ? ……だから聞いたんだよ、『ユーリは円周率って何だか知ってる?』ってね」

ユーリ「むー……」

「いろんな定義の仕方はあるけれど、いちばん一般的な定義はこうかな。《円周÷直径を円周率という》」

ユーリ「円周÷直径? そっか」

「うん。円周÷直径が円周率。 もちろん、ほんとうはこの定義がちゃんと定義になっていることをいわなきゃいけないけどね。 どんな円でも円周÷直径が一定の数になってるって」

円周率の定義

円周÷直径を円周率という。

ユーリ「ねーお兄ちゃん、でも円周率が $3.1415\cdots$ っていうのは正しいんでしょ?」

「うん、正しいよ。円周率がそういう値になるのは、円周率の定義というより、円周率の性質だね。 円周率は $3.1415\cdots$ になるという性質を持ってる」

ユーリ直径ってゆーのは半径の $2$ 倍でいーんだよね?」

「そうだね。だからこう書ける」

円周率の定義

ある円の円周の長さを $\ell$ とし、半径を $r$ としたとき、 $$ \frac{\ell}{2r} $$ を円周率と定義する。

ユーリ「ふんふん」

「それから、円周率を $\pi$(パイ)と書くのは知ってるよね」

ユーリ「知ってる。円周の長さは $2\pi r$ だよね」

「そうだね」

円周

ある円の半径を $r$ としたとき、その円周の長さ $\ell$ は $$ \ell = 2 \pi r $$ で求められる。 ただし、 $\pi$ は円周率である。

ユーリ「うんわかる」

円の面積

「それから、《半径》と《円周率》を使えば《円の面積》を求められるのも知っているよね?」

ユーリ「知ってるよー。円の面積でしょ?《半径×半径 × $3.14$ 》で、 $\pi r^2$(パイ・アール・にじょう)でしょ?」

「そうそう」

円の面積

円の半径を $r$ とし、面積を $S$ とすると、次の式が成り立つ。 $$ S = \pi r^2 $$ ただし、 $\pi$ は円周率である。

ユーリ「そんなのはいいんだけど、さっき言ってた《円周率を数える》って何のこと?」

「うん。円の面積の式をもう一度よく見てみよう」

$$ S = \pi r^2 $$

ユーリ「見たよ」

「この式があるから、半径から面積を計算できるんだよね」

ユーリ「うん」

「では、この式をこう変形する」

$$ \begin{align*} S &= \pi r^2 && \REMTEXT{円の面積を半径から求める式} \\ \pi r^2 &= S && \REMTEXT{左辺と右辺を交換する} \\ \pi &= \dfrac{S}{r^2} && \REMTEXT{両辺を$r^2$で割った} \\ \end{align*} $$

ユーリ「それで?」

「これで、こんな式が得られた」

$$ \pi = \dfrac{S}{r^2} $$

ユーリ「うん」

「この式で、 $S$ は円の面積。 $r$ は円の半径だよね」

ユーリ「うん、そーだね」

「だから、《円の面積》と《円の半径》がわかったとしたら、 $\pi = \dfrac{S}{r^2}$ を使って円周率を求められるんだ!」

ユーリ「おー! …って意味わかんないよ、お兄ちゃん」

「がく。おもしろいと思わない? 《円の面積》と《円の半径》を正確に求めれば、自分の手で円周率を求められるんだよ」

ユーリ「うーん、それ、おもしろいのかにゃ……いまいちびみょー」

「そう? やさしい数学読み物によく出てくるんだけどな。 自分の手で円周率を求めてみよう! って話題。ユーリも、自分の手で円周率を求めてみない?」

ユーリ「んー……そんで、お兄ちゃんはどうだったの?

「どうだった、とは?」

ユーリ「お兄ちゃんも円周率を求めてみたんでしょ?  $3.14$ ナントカって求まった?」

「え?」

ユーリ「え?」

「……」

ユーリ「……もしかして、お兄ちゃん、自分でやったことないの?」

「……そういえば、やったことないなあ」

ユーリ「しーんじらんなーい! 自分でやってないのに人にやらせんのー? ありえなーい!」

「わかった、わかったよ、ユーリ。じゃあ、いっしょに円周率を求めてみよう」

ユーリ「良い態度じゃ、ゆるしてあげようぞ」

「老賢者にならなくていいよ……それに、乙女じゃなかったのか?」

円周率の求め方

ユーリ「そんで、どーすんの?」

「うん。こういう手順で円周率を求めるんだ」

円周率を手で数えて求める方法

手順1. 方眼紙にコンパスで半径 $r$ の円を描く。

手順2. 円の内側に入った方眼紙のマス目を数える。このマス目の数を $n$ とする。

手順3. $\dfrac{n}{r^2}$ を計算する。

ユーリ「ふーん。じゃ、さっそくやってみよー!」

「ちょっと待って。いま説明するから」

ユーリ「めんどいから早くやろーよ」

「ちゃんと理解してやらないと、意味ないよ」

ユーリ「あ、そう……」

「《手順1. 方眼紙にコンパスで半径 $r$ の円を描く》は問題ないよね。 円を描くだけのことだ」

ユーリ「でも半径 $r$ っていうのは具体的にどのくらいの長さにすればいーの?」

「うっ……」

ユーリ「……未経験者に聞いたのがまちがいだったよ」

「まあ、 $10$ くらいでやることにしようか。 $r = 10$ だね。方眼紙のマス目 $10$ 個分を半径にする」

ユーリ「ふんふん」

「次は《手順2. 円の内側に入った方眼紙のマス目を数える。このマス目の数を $n$ とする》だね。 円の内側なんだから、こうやって数えた $n$ は、円の面積 $S$ よりも小さい数になるはず。 でも、円の面積 $S$ とまったく違う数でもない」

ユーリ「そのあたり、何だかモヤモヤっとしてるにゃ……」

「そうだね。それから最後が《手順3. $\dfrac{n}{r^2}$ を計算する》だ。 これが円周率に近い数になる」

ユーリ「なんでだっけ?」

「がく。円の面積を $S$ とすると、 $S = \pi r^2$ だったよね。 そしてここから僕たちは式 $\pi = \dfrac{S}{r^2}$ を得た」

ユーリ「ふんふん」

「円周率の本当の値は、面積 $S$ と半径 $r$ が正確にわかれば、 $\dfrac{S}{r^2}$ で求められる。 でもいまやろうとしているのは、円の面積 $S$ の代わりにマス目の数 $n$ を使うこと。 $\dfrac{S}{r^2}$ の代わりに $\dfrac{n}{r^2}$ を使う。 正確な $S$ の代わりに、 $S$ に近い数 $n$ を使うわけだから、 正確な円周率は計算できないけれど、円周率に近い数が得られることは期待できる」

ユーリ「なーるほどね。じゃ、すぐにやろ!」

半径が $10$ の円

はコンパスで円を描いた。

「手順1は、まあ、こんな感じかな」

ユーリ「半径は $10$ なの?」

「うん、そうだよ。確かに半径は $10$ で、直径は $20$ になってる。次は手順2だ」

ユーリ「円の中のマス目を数えるんだよね?」

「そう。それが $n$ で、面積の代わりに使う数になる」

ユーリ「そっか。 $1,2,3,\dots$」

「だめだめ、数えるときには何かで印つけていかないと」

ユーリ「まちがえないから、だーいじょぶだって」

「ユーリ。やるならちゃんとやろう」

ユーリ「ちぇ……ねえ、お兄ちゃん、この円のはじっこはどーすればいい?」

「どうすればいいとは?」

ユーリ「あのね、円がマス目を通ってるじゃん? どう数えればいいの? このあたりびみょーだよ」

「うん、ちゃんと決めとかないとね。じゃこうしよう。線がまったく通っていないマス目だけを内側にすることにしよう。 だから……こういう具合だね。この赤いところが内側だ。青いところは円周」

ユーリ「ふんふん。……でも、これ、数えんの大変だよ。多くて……あっ!」

「どうした?」

ユーリ「いいこと考えた! ぜんぶ数えなくてもいい! 右半分だけ数えて $2$ 倍すればいいじゃん!」

「おお、いいアイディアだね、ユーリ!」

ユーリ「えへん」

「それなら、右上の $4$ 分の $1$ を数えて $4$ 倍してもいいね」

ユーリ「えっ……あっ、そーか! それなら数えるの簡単だよ」

「ペンを使った方がいいな」

ユーリ「はいはい……はい、でーきたっと」

「いいね。この数字は横に並んだマス目を数えたんだね」

ユーリ「そーそー」

「青いペンが円周で、赤いのが内側」

ユーリ「うん。 $4$ 分の $1$ でいいんだよね」

「いいよ。じゃあ赤いところをさっそく足してみようか」

ユーリ「$4$ と、 $6$ と、 $7$ と、 $8$ が $2$ 個と、 $9$ が $4$ 個だから……全部でいくつ?」

$$ 4 + 6 + 7 + 8 \times 2 + 9 \times 4 = 69 $$

「$69$ だね。 $4$ 分の $1$ の円で $69$ 個だから、これを $4$ 倍すると内側のマス目の個数 $n$ が出るね」

$$ \begin{align*} n & = \REMTEXT{赤の数} \times 4 \\ & = 69 \times 4 \\ & = 276 \quad \REMTEXT{半径$10$の円の内側にあるマス目の個数} \\ \end{align*} $$

ユーリ「これで円周率が出るの?」

「$S$ の代わりに $n$ を使うから、 $\dfrac{S}{r^2}$ の代わりに $\dfrac{n}{r^2}$ を求める。 これが《円周率より小さい数》になるはず」

$$ \begin{align*} \REMTEXT{《円周率より小さい数》} &= \frac{n}{r^2} \\ &= \frac{276}{r^2} \\ &= \frac{276}{10^2} \\ &= \frac{276}{100} \\ &= 2.76 \\ \end{align*} $$

ユーリ「えー? 円周率なのに $2.76$ ?  $3.14$ どころか $3$ にもなってないじゃん!」

「うん、でもね、ほら $2.76$ は円周率より小さくはなっているよ、確かに」

ユーリ「……発想が前向きだにゃ」

「さっきユーリは円周のマス目も数えてたよね。あの青いところ」

ユーリ「うん」

「そっちも考えてみよう。つまりね、赤と青の両方のマス目を数えると、今度は《円周率より大きい数》が計算できるはず」

ユーリ「ふんふん、なるほど! えっとね、青は $5$ と、 $2$ と、 $2$ と、 $1$ が $2$ 個と、 $2$ と、 $1$ が $4$ 個」

$$ 5 + 2 + 2 + 1 \times 2 + 2 + 1 \times 4 = 17 $$

「$4$ 分の $1$ 円で $17$ 個だから、 $17$ を $4$ 倍すればいいよね。《円周率より大きい数》は……」

$$ \begin{align*} \REMTEXT{《円周率より大きい数》} &= \frac{n + 17 \times 4}{r^2} \\ &= \frac{276 + 17 \times 4}{r^2} \\ &= \frac{276 + 68}{r^2} \\ &= \frac{344}{r^2} \\ &= \frac{344}{10^2} \\ &= \frac{344}{100} \\ &= 3.44 \\ \end{align*} $$

ユーリ「$3.44$ だよ……こんどは大きすぎ!」

「うん、そうかな。ここで一回まとめてみよう。マス目を数えて、こんなことがわかった」

半径 $10$ の円を使って求めた円周率の範囲

$$ 2.76 < \pi < 3.44 $$

円周率は $2.76$ より大きくて、 $3.44$ より小さい。

ユーリ「えーと?」

「円周率が $3.14\cdots$ かどうかはまだわからない。 でも、円周率が $2.76$ より大きくて、 $3.44$ より小さいことはわかったよ」

ユーリ「うーん?」

「赤から求めた《円周率より小さい数》と、赤と青から求めた《円周率より大きい数》の間に円周率があるという意味」

ユーリ「それはいーんだけど……」

「円周率が $2.76$ と $3.44$ にはさまれていることがマス目を数えてわかった」

ユーリ「うーん、それ、まちがっていないけど……範囲広すぎ!」

「そうだねえ……」

ユーリ「おもしろくない! ねー、もっと正確に求めらんないの? どーしてこんなに範囲広いの?」

「ユーリは、どうしてだと思う?」

ユーリ「そりゃ……そりゃ、ガタガタだもん」

「ガタガタって?」

ユーリ「ほら、さっきマス目数えたけどさ、あの赤いところも青いところも、ガタガタになってて丸くないよ」

「そうだね。円じゃない」

ユーリ「ガタガタだから、ずれるんでしょ? ……そっか、わかった! もっと丸くすればいい! もっとマス目を細かくすればいーんだよ!」

「そうだね。 $r$ を大きくしてマス目を細かくしよう」

ユーリ「$r = 100$ にしよー!」

「いや、それはちょっと多すぎると思うな。まずは $r = 50$ でやってみよう」

ユーリ「わかった!」

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(2013年5月3日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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