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第42回 シーズン5 エピソード2
18歳未満の論理学(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』

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複雑な不等式

と後輩のテトラちゃんはいつものように図書室で勉強しています(第41回参照)。

「じゃあ、ちょっと複雑な条件で試してみようか」

テトラ「ええっ!」

$x^2 < 4$ を考える

「こんな問題はどうかな。いいかい……」

問題

次の不等式を満たす実数 $x$ の範囲を求めてください。

$$ x^2 < 4 $$

テトラ「先輩、複雑じゃないです……これは簡単ですよ! あたしにもすぐにわかります」

「うん」

テトラ「$x^2 < 4$ は $x$ を $2$ 乗したときに $4$ 以下になるってことですよね」

「以下?」

テトラ「あちゃ! 違います。未満です。未満未満未満未満。改めて……はい、 $x^2 < 4$ は、 $x$ を $2$ 乗したときに $4$ 未満になるってことですよね」

「そうだね。 $x^2$ が $4$ より小さくなるということ」

テトラ「だとすると、 $x$ はそんなに大きくなれません。 $2$ 乗したときに $4$ ……になってはいけないんですから、 $x$ は $2$ より小さくなくては困ります」

「うん、そうだね」

テトラ「それから、マイナスの方も考えます。 $x^2$ が $4$ より小さいということは、 $x$ はマイナスの方にも、それほど小さくなれません。 すごく小さいマイナスだと、 $2$ 乗したときにすごく大きくなってしまうからです。 $2$ 乗したときに $4$ ……になってはいけないんですから、 $x$ は $-2$ よりは大きくないと困ります」

「テトラちゃんは、とてもていねいに考えるね。いいよ」

テトラ「ですから、 $x^2 < 4$ を満たす実数 $x$ の範囲を考えますと、 《$x$ は $2$ よりも小さくて、しかも、 $x$ は $-2$ よりは大きい》ということになります。ですから、答えは $-2 < x < 2$ ですね」

答え

不等式 $x^2 < 4$ を満たす実数 $x$ の範囲は、 $$ -2 < x < 2 $$ になります。

「はい。たいへんよくできました!」

テトラ「……」

「どうしたの?」

テトラ「い、いえ……高校生になっても《たいへんよくできました》と言われるのはうれしいなあ……と思いまして」

「じゃ、次の問題」

テトラ「はい!」

$x^2 > 4$ を考える

問題

次の不等式を満たす実数 $x$ の範囲を求めてください。

$$ x^2 > 4 $$

「この不等式の問題はわかるかな?」

テトラ「大丈夫です! 先ほどと同じように考えればいいですよね」

「まあそうだね」

テトラ「$x^2 > 4$ ですから、 $x$ を $2$ 乗したときに $4$ より大きくなる必要があります。 たとえばプラスの方で考えると、 $2$ 乗したときに $4$ より大きくなるにはあまり小さくてはだめです。 $4$ が $2^2$ に等しいことを考えると、 $x^2$ が $4$ より大きくなるには $x$ は $2$ より大きくなければなりません」

「そうだね。 $x$ が $2$ より大きければ $x^2$ は $4$ より大きくなる」

テトラ「$x$ が $0$ のときは $x^2$ は $4$ より大きくなれません。マイナスの方で考えますと、 $2$ 乗したときに $4$ より大きくなるには、 $x$ はかなり小さくなければなりません。 $4$ は $(-2)^2$ に等しいですから、 $x^2$ が $4$ より大きくなるためには $x$ は $-2$ より小さくなければなりません」

「そうだね。 $x$ が $-2$ より小さければ $x^2$ は $4$ より大きくなる」

テトラ「ですから、 $x^2 > 4$ を満たす実数 $x$ の範囲を考えますと、答えは《$x < -2$ と $x > 2$》ですね」

「それでいいんだけど、いまテトラちゃんは $x < -2$《と》$x > 2$ って言ったよね。その《と》はどういう意味?」

テトラ「え……《と》というのは、あの……二つの範囲がありますので、両方合わせたのが答えなので《と》です」

「そうだね。僕が尋ねたのは、その《と》は《または》なのか《かつ》なのかを知りたかったんだけど」

テトラ「……《または》?」

「うん、そうだよ。 $x^2 > 4$ を満たす $x$ の範囲は、《$x < -2$ または $x > 2$》になるね。 この場合は《かつ》にしてはだめ。だって、 $x < -2$ かつ $x > 2$ を満たす実数 $x$ は存在しないから。 $x$ は $-2$ より小さくてもいいし、 $2$ より大きくてもいい。だから《$x < -2$ または $x > 2$》が答えになる」

答え

不等式 $x^2 > 4$ を満たす実数 $x$ の範囲は、 $$ x < -2 \quad\REMTEXT{または}\quad x > 2 $$ になります。

テトラ「先輩!」

テトラちゃんが質問の手を挙げた。

「はい、テトラさん何ですか?」

は先生風にテトラちゃんを指さす。

テトラ「いまのようなとき、あたしは $x < -2, x > 2$ のようにコンマを使って書くことがありますが、 これではまちがいでしょうか?」

「え? 僕は採点者じゃないから何ともいえないけど、 $x < -2, x > 2$ がまちがいとはいえないと思うよ。 でも《$x < -2$ または $x > 2$》がまちがいとなることは絶対にないよ」

テトラ「わかりました」

実数の場合分け

「ところでこの問題 $x^2 > 4$ はそれほど難しくないよね」

テトラ「そうですね。 $2$ 乗していますから、プラスとマイナスで分けて考えればまちがいませんし」

「うん。プラスとゼロとマイナス、ね」

テトラ「あ、はいはい、そうですそうです」

「さっきテトラちゃんがていねいに考え方を話していたときは、ちゃんとプラスとゼロとマイナスに分けて考えていたよ」

テトラ「えっ! そうでしたか」

「意識してそう言ってたと思ったんだけど……ところで、この $x^2 > 4$ は難しくはないけど、いい問題だと思う。 なぜかというと《実数の場合分け》が出てきているからね」

テトラ「実数の場合分けって何ですか?」

「いま言ったばかりのことだよ。実数について考えるとき、僕たちは数直線(すうちょくせん)をイメージする」

テトラ「はい、水平に無限に伸びた直線ですね。左がマイナス、真ん中にゼロ、右がプラス」

「そうそう。実数について考えるとき、その三つの場合について考えれば《もれなく》考えることができる。 それが大事なこと。もれがない」

テトラ「もれがない……」

「どんな実数を持ってきても、その実数はマイナスであるか、ゼロであるか、プラスであるかのどれかだよね」

テトラ「それはそうですね」

「それが《もれなく》という意味」

テトラ「はい」

「場合分けでは《もれなく》考えることが大事。 マイナスの場合、ゼロの場合、プラスの場合と考えれば《自分は実数全体についてもれなく考えた》と安心できる」

テトラ「はい、よくわかります」

「ところで、もう一つ、別の方法もあるよ。僕はこっちも好きだな」

テトラ「どんな方法ですか」

「論理を使って考える方法」

論理を使って考える

テトラ「どんなふうに考えるんでしょうか」

「これは僕の趣味なんだけどね。最初は $4$ を移項する」

$$ x^2 > 4 \Longleftrightarrow x^2 - 4 > 0 $$

テトラ「ははあ、 $x^2 - 4 > 0$ になりました。」

「うん、そしてその左辺を因数分解するんだ。 $x^2 - 4 = (x+2)(x-2)$ だよね。《和と差の積は $2$ 乗の差》だ」

$$ x^2 - 4 > 0 \Longleftrightarrow (x+2)(x-2) > 0 $$

テトラ「……複雑になりました」

「そんなことはないよ。 $(x+2)(x-2) > 0$ の左辺は積の形。 二つの実数 $x+2$ と $x-2$ の積が $0$ より大きくなっている。 つまりプラスだね。実数の積がプラスになるってことは、 二つの実数の符号が等しいということだ。両方ともプラスか、または、両方ともマイナス。つまりこんなふうに書ける」

$$ \underbrace{(x+2 > 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 > 0)}_{\REMTEXT{両方ともプラス}} \quad\REMTEXT{または}\quad \underbrace{(x+2 < 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 < 0)}_{\REMTEXT{両方ともマイナス}} $$

テトラ「ははあ……確かにそうですね」

「両方ともプラスの《$x + 2 > 0$ かつ $x - 2 > 0$》は、数の範囲の重なりを考えて $x - 2 > 0$ になる」

テトラ「……」

「そして、 《$x + 2 < 0$ かつ $x - 2 < 0$》の方も数の範囲の重なりを考えて $x + 2 < 0$ になる」

テトラ「あとは《または》でつなぐんですか」

「そうそう」

$$ \begin{align*} & x^2 > 4 \\ & \Longleftrightarrow x^2 - 4 > 0 \\ & \Longleftrightarrow (x+2)(x-2) > 0 \\ & \Longleftrightarrow (x+2 > 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 > 0) \quad\REMTEXT{または}\quad (x+2 < 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 < 0) \\ & \Longleftrightarrow (x-2 > 0) \quad\REMTEXT{または}\quad (x+2 < 0) \\ & \Longleftrightarrow x > 2 \quad\REMTEXT{または}\quad x < -2 \\ \end{align*} $$

テトラ「……先輩、でも、すみませんけど、やっぱり、これ、複雑ですよ」

「……実は、僕もテトラちゃんにいま説明しながら《これ、無駄に複雑だな》と思ったよ!」

テトラ「なんですか、それ!」

テトラちゃんをぶつ真似をする。

「でも、式変形は楽しいよ」

ミルカ「確かに楽しそうだな」

テトラ「ミルカさん! お待ちしてました」

「いつも突然現れるから、びっくりするよ」

ミルカ「ふうん……困る?」

「……いや、別に、いいんだけどね」

ミルカさんのクラスメート。 長い黒髪の饒舌才媛だ。僕たち三人は放課後の図書室で、いつも数学トークをする。

テトラ「ミルカさんなら $x^2 > 4$ をどう考えます?」

ミルカ「放物線で考える」

「なるほど」

放物線で考える

ミルカ「式 $x^2 > 4$ で $4$ を移項すると $x^2 - 4 > 0$ という不等式になる。 ここで左辺の $2$ 次式を使って $2$ 次関数 $y = x^2 - 4$ のグラフを描く」

テトラ「それが放物線……」

ミルカ「《グラフが $x$ 軸よりも上にある》ことは、 $y > 0$ つまり《$x^2 - 4 > 0$》ということと同値。 つまり《このグラフが $x$ 軸よりも上にあるときの $x$ の範囲》が求めるものになる。 $x < -2$ または $2 < x$ だな」

「確かにこれなら一目でわかるね」

テトラ「放物線がガイドになってくれていますね」

ミルカ「ふむ」

テトラ「数学って不思議です」

ミルカ「そう?」

テトラ「不等式って、数が大きいとか小さいという話ですよね。 それが論理の話になったり、集合の話になったり、図形の話になったりするのがとても不思議です」

「まあ確かにね」

テトラ「授業では単元ごとに習うのであまり意識してないんですが、先輩方とお話ししていると、いつもこう……つながっていく感じがします」

ミルカ「使えるものは何でも使うからな」

テトラ「といいますと?」

ミルカ「数学を考えるとき、使えるものは何でも使う。 特に答えが見えていないときには、ありとあらゆる手を使って答えを探る」

「確かに」

テトラ「ありとあらゆる手を使って、答えを探る……」

領域を考える

テトラ「先ほどの不等式では、放物線がガイドになってるような感じがしました。 こんなふうに範囲が見えます。 $y$ がマイナスになる範囲はここで、プラスになる範囲はここ……のように。 だからわかりやすいんでしょうか」

「そうかもしれないね。グラフにするとわかりやすくなる。広がりがあるからかなあ」

ミルカ「テトラが問題を作ってくれたようだ」

テトラ「えっ?」

ミルカ「テトラはいま二次元の領域を作ってくれた。それをもとにして新たな問題を考えよう。 座標平面上で、テトラが塗った領域を表す不等式を作れ。境界は……そうだな、含むことにしようか」

「ああ、なるほど」

問題

以下の領域を表す $x$ と $y$ に関する不等式を作れ。境界も含む。

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(2013年8月16日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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