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第49回 シーズン5 エピソード9
変化しないのは変か?(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』として書籍化されています。

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放課後の図書室。 いつものように数学の勉強をしていると、 テトラちゃんに問題を持ってきた。

図書室

テトラ「先輩、この問題わかります?」

「え?」

村木先生のカード

$$ \begin{array}{c} \hline \left(\dfrac{2}{1}\right) \\ \hline \left(\dfrac{3}{2}\right)\left(\dfrac{3}{2}\right) \\ \hline \left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right) \\ \hline \left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right) \\ \hline \end{array} $$

「なにこれ、パスカルの三角形……じゃないか。村木先生の研究課題だよね」

テトラ「あたし、ここまではすぐにできたんですが、ここから先がわからないんです」

$$ \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n $$

「え、どういうこと?」

テトラ「え、どういうこと、とは……?」

「テトラちゃんはこの村木先生のカードをどんな問題だと思ったの?」

テトラ「はい……数列の一般項を求める問題だと思ったんですが」

「数列?」

テトラ「はい。このカードを見て、書かれている数式のパターンに気がつきました。こうです」

$$ \begin{array}{lll} a_1 &= \left(\dfrac{2}{1}\right) &= \left(\dfrac{2}{1}\right)^1 \\ a_2 &= \left(\dfrac{3}{2}\right)\left(\dfrac{3}{2}\right) &= \left(\dfrac{3}{2}\right)^2 \\ a_3 &= \left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right)\left(\dfrac{4}{3}\right) &= \left(\dfrac{4}{3}\right)^3 \\ a_4 &= \left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right)\left(\dfrac{5}{4}\right) &= \left(\dfrac{5}{4}\right)^4 \\ &\vdots \\ a_n &= \underbrace{\left(\dfrac{n+1}{n}\right)\left(\dfrac{n+1}{n}\right) \cdots \left(\dfrac{n+1}{n}\right)\left(\dfrac{n+1}{n}\right)}_{\REMTEXT{$n$個}}&= \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n \\ \end{array} $$

「うん、なるほど。数列だね」

テトラ「パターンは明らか、ですよね! 分母に来ている整数を $n$ とすると、分子は $n+1$ です。 そしてその全体を $n$ 乗しています。ですから、この数列の一般項は $\left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n$ と書けます。 でも……そこから先、この $n$ 乗の式を簡単にすることができないんですよ」

「いやいや、これはこれでもう十分簡単になっていると思うよ。 あと計算するとしたら二項定理で $n$ 乗を展開するくらいかな」

テトラ「でも、これだと村木先生の問題にしてはあっけないような」

「ああ、うん。村木先生の研究課題は、カードをもとに自分で自由に問題を作るわけだから、 テトラちゃんが《一般項を求める問題》としてしまえば、それでいいよね。ただ」

テトラ「ただ……もっと違う問題があるんでしょうか?」

「そうだね。僕はこの数式の行き着く先がわかっちゃったけど」

テトラ「え! そうなんですか!」

数学のセンス?

「うん、これはとっても有名な式の形をしているから、 数学が得意な高校生ならみんなすぐに気づくと思うよ」

テトラ「そうなんですね。 あたしは、わかりませんでした……あの、先輩、そういうのは数学のセンスなんでしょうか?」

「いやいやいや、違う違う。 数学のセンスとかそういうのじゃないよ。 ただ単に、この式の形を知っているかどうか、だと思う。 僕だって、知らなかったらわからないと思う。 そういう意味では読書量や勉強量の違いだと思うな。 知ってるかどうかだけなんだから」

テトラ「あたしも式の形は意識している……つもりなんですが。 先輩はよく『こわがらないで式の形をよく見なさい』とおっしゃってくださいますよね。 ですから、あたしもよく見ているつもりなんです……が」

「うん。そうだよね。式の形を見なければ、 この数列の一般項は $\left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n$ なんていえないから」

テトラ「式の形を見て、一般項を作って、そして具体的に計算もしてみたんです。 始めのいくつかの項を求めてみました」

テトラちゃんの計算

$$ \begin{align*} a_1 &= \left(\dfrac{2}{1}\right)^1 \\ &= 2 \\ a_2 &= \left(\dfrac{3}{2}\right)^2 \\ &= \dfrac{3^2}{2^2} \\ &= \dfrac{9}{4} \\ &= 2.25 \\ a_3 &= \left(\dfrac{4}{3}\right)^3 \\ &= \dfrac{4^3}{3^3} \\ &= \dfrac{64}{27} \\ &= 2.37037037037037\cdots \\ a_4 &= \left(\dfrac{5}{4}\right)^4 \\ &= \dfrac{5^4}{4^4} \\ &= \dfrac{625}{256} \\ &= 2.44140625 \\ \end{align*} $$

テトラ「ですから、 $a_1 = 2, a_2 = 2.25, a_3 = 2.37037037037037\cdots, a_4 = 2.44140625$ になります」

「うん、なるほど、なるほど」

今日のテトラちゃんはいつもよりずっとてきぱきしてるな。 進めるべきところを自力でちゃっちゃっと進めているようだ。

テトラ「これで、 $a_1, a_2, a_3, a_4$ の実際の値はわかりました。 でも、これだけじゃ、だからなに? ですよね。もうちょっとこう……何か」

テトラちゃんの考え

「テトラちゃんはさっきの計算しながら、どんなことを考えたの?」

テトラ「はい。すごくいろんなこと考えました。 割り算と掛け算のバトル!とか」

「え?」

テトラ「分子に出てきた $5^4$ のような冪乗の計算……掛け算の繰り返しをすると、 大きい数になります。 $625$ とか。 でも、分母の方も $4^4$ のように冪乗になるので、 $256$ とか大きな数になって、 結局割り算すると $2.4$ いくつとか、そんな数に収まるんだなあ……などと思いました」

「ふんふん」

テトラ「話の順番あちこちになってすみません。 具体的な計算をしただけだと、何が何だかわからなくて、 パターンを一般化しなくちゃ! って思いました。 一般化したこの式はすぐ出たんですが……」

$$ \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n $$

テトラ「この式をけっこう長い時間見てました。 それからまた計算を見直したりして」

「それで、何か思った?」

テトラ「さっきと同じ話の繰り返しになるんですが、 この分数 $\dfrac{n+1}{n}$ は、分母が $n$ で分子が $n+1$ ですよね。分子の方に $1$ 足しています」

「うんうん、そうだね」

テトラ「ですから、この分数は必ず $1$ より大きくなります」

$$ \dfrac{n+1}{n} > 1 $$

「なるほど。そうだね。 $n+1 > n$ の両辺を $n$ で割ったのと同じだね」

テトラ「あ、そうですね。はい。 $\dfrac{n+1}{n}$ が $1$ より大きいのはいいんですが、 $1$ よりすごく大きいわけじゃないんです。 $n$ が大きければ大きいほど、割り算というか $\frac{n+1}{n}$ という比は小さくなって、どんどん $1$ に近づきます。 でも、その一方で、 $n$ が大きければ大きいほど、 $n$ 乗したときの効果って大きいですよね」

「そうだね。その通りだよ」

テトラ「はい。ですから、あたし、この式、やっぱりバトルっぽいと思ったんです。 $n$ を大きくしたとき、カッコの中はどんどん $1$ に近づいて大きくなりにくくなる。 でも、カッコ全体は $n$ 乗でどんどん大きくなろうとしている。さあどっちが勝つの!みたいに」

$$ \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n $$

「そうだね。だからこそ、この式はすごくおもしろいものを産み出すんだよ、テトラちゃん」

テトラ「おもしろいもの……ですか」

式の変形

「テトラちゃんがバトルと呼んでた式の形をもう少し眺めてみよう」

テトラ「はい」

「テトラちゃんは $\dfrac{n+1}{n}$ を《$n+1$ と $n$ の比》と見ていたけど、こんなふうに式を変形してみる」

$$ \dfrac{n+1}{n} = 1 + \dfrac{1}{n} $$

テトラ「あ」

「こんなふうに $1+\dfrac{1}{n}$ の形にするとね、 この式が《$1$ に小さい数を足したもの》のように見えてくるの、わかるよね」

テトラ「わかりますわかります! しかも、 $\dfrac1n$ の部分は、 $n$ が大きくなればなるほど小さくなります! ……そういうことですよね?」

「その通り! だから、 $1+\dfrac1n$ という式は、《$n$ が大きくなるほど $1$ に近づいていく数を表す》ことがよくわかるんだ」

テトラ「おもしろいです。ちょっとした式の変形で、見える風景ががらっと変わるんですね」

「うん、そうだね。それで」

テトラ「あ、すみません。ちょっと思い出したことがあるんですが、質問いいでしょうか」

「いいよ。何?」

仮分数と帯分数

テトラ「先輩がいまなさった $\dfrac{n+1}{n} = 1 + \dfrac1n$ で思い出したんですが、 小学校で《仮分数を帯分数に直す》という計算をたくさんしました」

「あったね! うん、やったやった」

テトラ「$\dfrac{7}{3}$ のように分子の方が大きい分数……仮分数かぶんすうが出てきたら、 すぐさま、 $2\dfrac{1}{3}$ みたいに左側に整数を置いた分数……帯分数たいぶんすうに直しました」

「うん、わかるよ。小学校のとき、僕もやったし」

テトラ「あれって、何だったんでしょうか。 いつのまにか仮分数で答えがマルになるようになりました。 それにそもそも $2\dfrac{1}{3}$ という書き方はしなくなっちゃいました」

「そうだよね。 $2a$ のように、数式で数を前に置いたらそもそも掛け算 $2\times a$ の意味になるしね。 帯分数の $2\dfrac{1}{3}$ は $2 + \dfrac{1}{3}$ のように足し算の意味だけど」

テトラ「あっ! そういえばそうですよね!」

「ほんとのところは知らないけど、帯分数を使うのは、たぶん、大きさの把握のためじゃないのかな。 ほら、 $\dfrac{7}{3}$ と $\dfrac{11}{5}$ のどちらが大きい? と聞かれたらすぐにはわからないよね」

テトラ「そうですね。 $7 \div 3$ と $11 \div 5$ を計算して比較……でしょうか」

「うん。あるいは $\dfrac73 - \dfrac{11}5$ の正負を調べるとかね。 もちろんそれでいいんだけど、帯分数を使って $2\dfrac{1}{3}$ と $2\dfrac{1}{5}$ のように書けば、 整数部分は $2$ で等しいから、あとは $\dfrac13$ と $\dfrac15$ を比べればいいってことになるよね。 整数部分があるから、おおよその大きさが把握しやすいとか、帯分数にはそういう意味があったのかもしれないなあ」

テトラ「え、で、でも、そうだとしても、 $2 + \dfrac13$ や $2 + \dfrac15$ のように $+$ で書いた方が わかりやすくないですか。さっき先輩が $1+\dfrac1n$ と書いたように」

「そりゃそうだね。まあ、いずれにしても数学では帯分数は出てこないけど」

テトラ「あっ、す、すみません。話をそらしてしまいました。Where were we?」

複利計算

式の変形で見方が変わるって話をしてたんだった。 テトラちゃんの一般項はこんなふうに書き換えられる」

$$ a_n = \left(\dfrac{n+1}{n}\right)^n = \left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n $$

テトラ「そうですね……先輩、不思議です。 ふだんはあたし、 $\left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n$ みたいな式をみたら《うわあ……複雑な式》って思うんですが、 この式はそんなに複雑に見えません」

「うん、それはテトラちゃんがしっかり式を見て、式の形をとらえることができているからじゃないかな」

テトラ「式の形をとらえる……?」

「そうだよ。テトラちゃんは自分で具体的な計算もしたし、 式のパターンも見抜いた。それから僕としゃべりながら、 $1$ より大きいとか $n$ 乗するとか、 いろいろ考えてきたよね」

テトラ「はい……なんだか、無駄話ばかりですみません」

「違うよ。そんなふうにね、時間を掛けて式とつきあうと、だんだん数式に慣れてくるんだ」

テトラ「先輩はいつも数式を書いていらっしゃいますよね」

「そうだね。僕は数式を書くのは好きだよ。いろんな変形を試したり、 自分で公式を導いたり、読みやすい公式の書き方を考えたりね。 そうしていると、授業で数式を見たときも『このあいだ書いたあの式と似ているな』と思ったり、 『こう変形したら、意味がよくわかるな』って考えたりする」

テトラ「はい……お話をうかがって、とても参考になります」

「それで、 $\left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n$ が複雑に見えないって話だった」

テトラ「はいそうです。 $\left(1 + \dfrac{1}{n}\right)^n$ のうち、 カッコの中は《$1$ よりちょっぴり $\dfrac1n$ だけ大きな数》ですし、 式全体は $n$ 乗しているだけですから」

「この式の形は複利計算と考えられるんだよ」

テトラ「複利計算?」

「うん。銀行にお金を預けると何パーセントかの利子がつく。その計算のこと」

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(2013年10月4日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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