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第50回 シーズン5 エピソード10
変化しないのは変か?(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』として書籍化されています。

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放課後の図書室。 テトラちゃんの問題に僕たちは取り組んでいる。 複利計算の話から、数列の極限へと話題は移ってきた(第49回参照)。

極限の問題

問題(収束か発散か)

一般項が、 $$ a_n = \left(1 + \dfrac1n \right)^n $$ で表される数列は、 $n \to \infty$ で収束するか。 それとも発散するか。

「がっちり式変形をしてやらないといけないんじゃないかな」

テトラ「がっちり式変形……といいますと」

「おそらく $\left(1+\dfrac1n \right)^n$ を展開して、なんとか考えるんだと思う。 二項定理を使ってがんばるはず」

テトラ「え!」

テトラちゃんは《秘密ノート》をさっと開いた。

二項定理

※ここで、$\binom n k = {}_n\textrm{C}_k$($n$個のものから$k$個のものを取り出す組み合わせの数)である。

テトラ「これを使うんですね……」

「うん。まずは当てはめた式を書いて、それを眺めるところから始めようか」

\begin{align*} \left( 1 + \dfrac1n \right)^n & = \binom n 0 1^{n-0} \left(\dfrac1n\right)^0 + \binom n 1 1^{n-1} \left(\dfrac1n\right)^1 + \binom n 2 1^{n-2} \left(\dfrac1n\right)^2 + \binom n 3 1^{n-3} \left(\dfrac1n\right)^3 \\ &\quad + \cdots + \binom n k 1^{n-k} \left(\dfrac1n\right)^k + \cdots \\ &\quad + \binom n n 1^{n-n} \left(\dfrac1n\right)^n \\ \end{align*}

テトラ「ええと、ええと……い、いきなりめまいがする複雑さですよね」

「確かにそうなんだけど、こういうときは《もっとも一般的な項》に着目するといいよ」

テトラ「もっとも一般的な項……ですか? この $k$ が出てきている項でしょうか」

$$ \cdots + \binom n k 1^{n-k} \left(\dfrac1n\right)^k + \cdots $$

「そうそう。二項定理はたぶん高校で出てくる式の中ではとびきり難しいものの一つだけど、 要するに、この項で、 $k = 0,1,2,3,\ldots,n$ と動かしているだけだからね」

テトラ「は、はい……」

「それに、最初の二、三項はかなり単純化できるはず。 項別に計算してみよう」

$$ \begin{align*} \binom n 0 1^{n-0} \left(\dfrac1n\right)^0 & = 1 \cdot 1 \cdot 1 = 1 \\ \binom n 1 1^{n-1} \left(\dfrac1n\right)^1 & = n \cdot 1 \cdot \dfrac1n = 1 \\ \binom n 2 1^{n-2} \left(\dfrac1n\right)^2 & = \dfrac{n(n-1)}{2} \cdot 1 \cdot \dfrac1{n^2} = \dfrac{n(n-1)}{2n^2} \\ \binom n 3 1^{n-3} \left(\dfrac1n\right)^3 & = \dfrac{n(n-1)(n-2)}{6} \cdot 1 \cdot \dfrac1{n^3} = \dfrac{n(n-1)(n-2)}{6n^3} \\ \end{align*} $$

テトラ「ははあ……確かに、最初の二項は $1$ です。簡単になりましたね。 でも、その次からはしっかり複雑ですが……」

「いまは分母を $2$ や $6$ のように計算してしまったから、 パターンが見えにくくなってしまったね。 むしろ計算を途中で止める方がわかりやすいかもしれない」

テトラ「計算を途中で止める?」

「そうだね。 $k=2$ のときの分母の $2n^2$ というのは本当は $2!n^2$ だから。つまり $2\cdot 1\cdot n^2$ のこと。 それから $k=3$ の分母の $6n^3$ は $3!n^3$ だし」

テトラ「ははあ、階乗と指数の数字がいっしょです」

「そうそう、それがパターンだよ。 そもそも、 $\dfrac{n(n-1)}{2!}$ や $\dfrac{n(n-1)(n-2)}{3!}$ は場合の数そのものだしね。 ついでに $k = 4$ のときもやってみようか」

$$ \begin{align*} \binom n 0 1^{n-0} \left(\dfrac1n\right)^0 & = \dfrac{\overbrace{1}^{\REMTEXT{$0$個の積}}}{0!\,n^0} \\ \binom n 1 1^{n-1} \left(\dfrac1n\right)^1 & = \dfrac{\overbrace{n}^{\REMTEXT{$1$個の積}}}{1!\,n^1} \\ \binom n 2 1^{n-2} \left(\dfrac1n\right)^2 & = \dfrac{\overbrace{n(n-1)}^{\REMTEXT{$2$個の積}}}{2!\,n^2} \\ \binom n 3 1^{n-3} \left(\dfrac1n\right)^3 & = \dfrac{\overbrace{n(n-1)(n-2)}^{\REMTEXT{$3$個の積}}}{3!\,n^3} \\ \binom n 4 1^{n-4} \left(\dfrac1n\right)^4 & = \dfrac{\overbrace{n(n-1)(n-2)(n-3)}^{\REMTEXT{$4$個の積}}}{4!\,n^4} \\ \end{align*} $$

テトラ「なるほど。パターンという意味がわかってきました」

「一般の $k$ のときはこうなるね」

$$ \binom n k 1^{n-k} \left(\dfrac1n\right)^k = \dfrac{\overbrace{n(n-1)(n-2)(n-3)\cdots(n-k+1)}^{\REMTEXT{$k$個の積}}}{k!\,n^k} $$

テトラ「はい……確かにそうなりますが、えっと、いまは何をしていたんでしたっけ」

「$\left(1+\dfrac1n\right)^n$ を二項定理で展開して、各項のパターンを見ていたんだよ。 ここまでで、僕たちはこういう式を手に入れたことになる」

$$ \begin{align*} \left( 1 + \dfrac1n \right)^n & = \binom n 0 1^{n-0} \left(\dfrac1n\right)^0 + \binom n 1 1^{n-1} \left(\dfrac1n\right)^1 \\ &\quad + \binom n 2 1^{n-2} \left(\dfrac1n\right)^2 + \binom n 3 1^{n-3} \left(\dfrac1n\right)^3 \\ &\quad + \cdots + \binom n k 1^{n-k} \left(\dfrac1n\right)^k + \cdots \\ &\quad + \binom n n 1^{n-n} \left(\dfrac1n\right)^n \\ & = 1 + 1 \\ &\quad + \dfrac{n(n-1)}{2!\,n^2} + \dfrac{n(n-1)(n-2)}{3!\,n^3} \\ &\quad + \cdots + \dfrac{\overbrace{n(n-1)(n-2)(n-3)\cdots(n-k+1)}^{\REMTEXT{$k$個}}}{k!\,n^k} + \cdots \\ &\quad + \dfrac{1}{n^n} \\ \end{align*} $$

テトラ「はあ……展開はできたようですけれど、ここから何がわかるんでしょう」

「いや、まだわからない。何がわかるかわからない」

テトラ「?」

「いや、僕もわからないんだよ。でも、ゴールはわかってる。 $n \to \infty$ にしたときの $a_n$ の極限値を求めたいんだ」

テトラ「極限値」

「うん。それでね、僕たちが $n \to \infty$ での極限値を求めるときに使える武器は限られている。 たとえば、《$n \to \infty$ のとき $\dfrac1n \to 0$》とかね。もちろん《$n \to \infty$ のとき $\dfrac1{n^2} \to 0$》も使える」

テトラ「はい」

「僕たちの使える武器はそのくらいしかないんだから、 僕たちが導いた式をその武器が使える形に変形していくというのが自然な道だろうね」

テトラ「それでうまくいくんですか?」

「いやいや、テトラちゃん。それはやってみないとわからないんだよ。 うまくいく保証はない。でも、まずは式変形を駆使して、武器が使えるところまでたどりついてみよう」

テトラ「なるほど……」

「たとえば、こんな式変形が使えそうだ。 $k=2$ のときの項を単に展開したんだけどね」

$$ \begin{align*} \dfrac{n(n-1)}{2!\,n^2} & = \dfrac{n^2 - n}{2!\,n^2} \\ & = \dfrac{1}{2!}\left(\dfrac{n^2}{n^2} - \dfrac{n}{n^2}\right) \\ & = \dfrac{1}{2!}\left(1 - \dfrac{1}{n}\right) \\ \end{align*} $$

テトラ「あ! ほんとですね。 $\dfrac1n$ が出てきています!」

「$k = 3$ のときも同じようにできそうだね」

$$ \begin{align*} \dfrac{n(n-1)(n-2)}{3!\,n^3} & = \dfrac{n^3 - 3n^2 + 2n}{3!\,n^3} \\ & = \dfrac{1}{3!}\left(\dfrac{n^3}{n^3} - \dfrac{3n^2}{n^3} + \dfrac{2n}{n^3} \right) \\ & = \dfrac{1}{3!}\left(1 - \dfrac{3}{n} + \dfrac{2}{n^2} \right) \\ \end{align*} $$

テトラ「ほんとですね、先輩!  $\dfrac3n$ や $\dfrac{2}{n^2}$ が出てきました。 まるで魔法のようです」

「いやいや、展開しただけだからね。うん、でも、これでだいたい片付いたかな。 $n \to \infty$ のとき、 $\dfrac1n \to 0$ だし $\dfrac1{n^2} \to 0$ だから、 カッコの中で残るのは $1$ だけなんだよね。 つまり、こういうこと。 $k = 2$ のとき、 $n \to \infty$ で……」

$$ \begin{align*} \lim_{n \to \infty} \dfrac{n(n-1)}{2!\,n^2} & = \lim_{n \to \infty} \dfrac{1}{2!}\left(1 - \dfrac{1}{n}\right) \\ & = \dfrac{1}{2!} \\ \end{align*} $$

テトラ「これは、 $n \to \infty$ だから、 $\left(1 - \dfrac 1 n \right) \to 1$ ということですか?」

「そうそう、そうだよ。それから、 $k = 3$ のとき、 $n \to \infty$ で……」

$$ \begin{align*} \lim_{n \to \infty} \dfrac{n(n-1)(n-2)}{3!\,n^3} & = \lim_{n \to \infty} \dfrac{1}{3!}\left(1 - \dfrac{3}{n} + \dfrac{2}{n^2} \right) \\ & = \dfrac{1}{3!} \\ \end{align*} $$

テトラ「あ、パターンが、あたしにも見えてきました! 一般には $\dfrac{1}{k!}$ になるんですね!」

「そうなるね。一般の $k$ のときはこうだから」

$$ \begin{align*} & \lim_{n \to \infty} \dfrac{n(n-1)(n-2)(n-3)\cdots(n-k+1)}{k!\,n^k} \\ & = \lim_{n \to \infty} \dfrac{1}{k!}\left(1 + \REMTEXT{《$\dfrac1{n}$の冪乗を使った有限和》} \right) \\ & = \dfrac{1}{k!} \\ \end{align*} $$

テトラ「はいはい」

「そうすると、僕たちのゴールまでたどり着いたことになる」

$$ \begin{align*} \lim_{n \to \infty} \left( 1 + \dfrac1n \right)^n &= 1 + 1 + \dfrac{1}{2!} + \dfrac{1}{3!} + \dfrac{1}{4!} + \cdots \\ &= \dfrac{1}{0!} + \dfrac{1}{1!} + \dfrac{1}{2!} + \dfrac{1}{3!} + \dfrac{1}{4!} + \cdots \\ \end{align*} $$

テトラ「ほんとですね!」

ミルカ「ほんとうかな?」

テトラ「わっ! ミルカさん!」

「ほんとうかな、とは? ちゃんと $n \to \infty$ で……」

ミルカ「ふうん……気になる点が二つ。テトラ、問題は?」

テトラ「も、問題はこれです」

問題(収束か発散か)

一般項が、 $$ a_n = \left(1 + \dfrac1n \right)^n $$ で表される数列は、 $n \to \infty$ で収束するか。 それとも発散するか。

「うん、だから僕たちは $a_n$ を二項定理で展開して、その極限値を求めたんだよ。 $\dfrac{1}{0!} + \dfrac{1}{1!} + \dfrac{1}{2!} + \dfrac{1}{3!} + \dfrac{1}{4!} + \cdots$ という値になったから、収束しているよね」

ミルカ「その無限級数が収束する保証は?」

「あ」

テトラ「はい?」

「そうか……項別に極限値を出したけど、 $\dfrac{1}{0!} + \dfrac{1}{1!} + \dfrac{1}{2!} + \dfrac{1}{3!} + \dfrac{1}{4!} + \cdots$ という級数が収束するかどうかは、示してない……」

ミルカ「$\dfrac{1}{k!} > 0$ だから、有限和 $S_k = \dfrac{1}{0!}+\dfrac{1}{1!}+\dfrac{1}{2!}+\cdots+\dfrac{1}{k!}$ は、 $S_k < S_{k+1}$ であることはすぐわかる。つまり $S_n$ は単調増加する。 でも、 $n \to \infty$ で $S_n$ が収束することをいうには、 任意の $n$ で $S_n \leqq S$ となるような $S$ が存在することをいわなくては。上界の存在を示す。これが気になる点の一つ目」

「そうか……」

テトラ「ど、どういうことですか?」

「ミルカさんが言ってるのは、上界を持つ単調増加数列は収束するという定理を使えってことなんだよ」

ミルカ「そう」

上界を持つ単調増加数列は収束するを使うには:

有限和 $S_n$ を次のように定義する。

$$ S_n = \dfrac{1}{0!}+\dfrac{1}{1!}+\dfrac{1}{2!}+\cdots+\dfrac{1}{n!} $$

$S_n$ で定義される数列は単調増加である。すなわち、 $$ S_n < S_{n+1} $$ が成り立つ〔 $\dfrac{1}{(n+1)!} > 0$ だから、こうなるのは明らか〕。

このとき、任意の $n$ で $S_n \leqq S$ となるような上界 $S$ が存在するならば、数列 $S_n$ は $n \to \infty$ で収束する 〔こうなるかは少し考える必要あり〕。

$$ S_0 < S_1 < S_2 < \cdots < S_n < \cdots \leqq S $$

「あ、でも、それはできそうだよ。 $S_n$ 以上の定数を構成すればいいんだね」

ミルカ「それからもう一つ。 二項定理で展開した《和の極限》を求めるときに、無造作に《極限の和》にしてしまった点が気になるな。 つまり、項別に極限値を求めている点だ。結果的には正しいが」

「それはそうだなあ……」

ミルカさんの仕切り直し

ミルカ「では仕切り直そう。 $a_n = \left(1 + \dfrac1n \right)^n$ の収束をオーソドックスに考えよう」

ここからの方針

次の数列 $\{\, a_n \, \}$ が収束することを証明する。

$$ a_n = \left(1 + \dfrac1n \right)^n $$

そのために、以下の(1)と(2)を証明する。

(1) 数列 $\{\, a_n \,\}$ は単調増加する。

(2) 数列 $\{\, a_n \,\}$ は上界を持つ。

(1) 数列 $\{\, a_n \,\}$ は単調増加する。

ミルカ「まず最初に、 $a_n$ が単調増加することを言う」

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(2013年10月11日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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