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第77回 シーズン8 エピソード7
一般には、一般には(前編)

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図書室で

放課後、が図書室にいくと、いつものようにテトラちゃんがノートに向かって何かを書いていた。

「テトラちゃん、何を書いているの?」

テトラ「あ、先輩!」

「テトラちゃんはいつも熱心にノートに書くよね」

テトラ「はい……熱心といいますか、ノートに書いていると何だか楽しくなってくるんです」

「うん、その感覚は僕もよくわかるな」

テトラ「あ、と、といってもですね。あたしが書いているのはすごく簡単なことばかりなんです。 先輩や、ミルカさんのようにすごいことは書けなくて…… でも、納得いかないとき、自分で書いて考えるのが好きです」

「いやいや、テトラちゃんは立派だよ。 他の人がどうかなんて関係ないからね。どんなに簡単なことでも自分で書いて納得しようとするのはえらいと思うな」

テトラ「あ、ありがとうございます」

「ところで、どんなことを《納得》しようとしてたの?」

テトラ「はい。これです。自然対数の底を……」

自然対数の底しぜんたいすうのてい(小数表記)

$$ e = 2.718281828459045235360287471352\cdots $$

「うんうん。これを覚えようとしていたの?」

テトラ「はい……いいえ、特に覚えようと思っているわけじゃないんですが、この数って不思議だなあと思いまして」

「不思議?」

テトラ「以前、先輩からお話ししていただいたことがありますよね。 複利計算の話です。あのときにこの《自然対数の底》が出てきました(第49回参照)」

「ああ、そうだね」

テトラ「ええとですね。教えていただいたのはこういう話でした。 《一年で元金が二倍になる銀行があったとして……つまり、年利 $100$ パーセントだとして、 一年に $n$ 回、利息を元金に組み込むことにしたとき、一年後に預金額はどれだけ増えているか》」

「そうそう。よく覚えているね!」

テトラ「《秘密ノート》にちゃんと書きましたから! ……預金額は $\left(1+\dfrac1n\right)^n$ 倍になって、 $n$ を大きくしていくと、自然対数の底 $e$ に近づいていく……と、 そういうお話でした」

「そうだね。 $n \to \infty$ のとき、 $\left(1+\dfrac1n\right)^n \to e$ になる」

自然対数の底(複利計算の極限値)

$$ e = \lim_{n \to \infty} \left(1+\dfrac1n\right)^n $$

テトラちゃんはさらにノートをめくって話を続けた。

テトラ「それからミルカさんが、まったく違う形で自然対数の底 $e$ をお作りになっていました(第50回参照)」

「うん、冪級数べききゅうすうの形だよね」

自然対数の底(冪級数)

$$ e = \sum_{n = 0}^{\infty} \dfrac{1}{n!} = \dfrac{1}{0!} + \dfrac{1}{1!} + \dfrac{1}{2!} + \dfrac{1}{3!} + \cdots $$

テトラ「はい、そうです。あたしは……式が複雑で目が回りそうになりましたけど、 でも、実際に少し計算してみると、確かに $e = 2.718281828\cdots$ という数に近づくみたいだなあ、ということはわかりました」

「そういえばそうだった。冪級数は意外に早く収束するようだったっけ。《イッパンにはイッパンには》まですぐ求められた」

テトラ「え? 一般には一般には?」

「うん。ほら、 $e$ は $2.718281828\cdots$ だよね。 僕はこの数を、《$2.7$ イッパンにはイッパンには》って覚えているんだよ。 $2.7$ で一呼吸いれて、 $18281828$ は《イッパンにはイッパンには》」

テトラ「二てん七、一般には一般には……」

収束しそう?

「それで、その自然対数の底が?」

テトラ「はい……不思議だなあと思いまして。複利計算の極限値の方は、何となくわかります。 実際に計算したからかもしれませんが、いくら細かく利子を元本に組み込んでも、無限大にはならないみたいという感じがします」

「うん?」

テトラ「でも、こっちの方……冪級数の方はどうして $2.718281828\cdots$ という数になるのか、不思議です」

「え、そうかなあ。僕には冪級数の方がいかにも収束しそうって思えるけど」

収束しそう?

$$ e = \dfrac{1}{0!} + \dfrac{1}{1!} + \dfrac{1}{2!} + \dfrac{1}{3!} + \cdots $$

テトラ「どうしてですか?」

「だってほら、この冪級数の各項を見てごらんよ。 $\dfrac{1}{0!}$ と $\dfrac{1}{1!}$ と $\dfrac{1}{2!}$ と $\dfrac{1}{3!}$ ……と進むよね」

テトラ「そうですね」

「分数の分母を見ると、 $0!,\, 1!,\, 2!,\, 3!,\, \ldots$ のように階乗の形になってる。 $n$ の階乗は、 $n$ が大きくなると急激に大きくなる。だから、それを分母に持つ $\dfrac{1}{n!}$ という項は急激に $0$ に近づくだろうなあ、 って、そういうふうに予想がつくんだよ」

階乗 $n!$ は急激に大きくなる

$$ \begin{array}{c|ccccccccccccc} n & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & 7 & 8 & 9 & 10 & \\ \hline n! & 1 & 1 & 2 & 6 & 24 & 120 & 720 & 5040 & 40320 & 362880 & 3628800 & \\ \end{array} $$

テトラ「あっ、確かに、おっしゃる通りです」

「$n$ が大きくなると急激に $0$ に近づく和の極限なんだから、いかにも収束しそうだなという感じがするんだけど。 でも、まあ、それは何の証明でもないけどね」

テトラ「でも、先輩のその一言はとっても勉強になります! そういう《階乗は急激に大きくなるよね》みたいなこと、 参考書にも書かれていなくて」

「そんなことはないと思うよ。もちろん本によるけど」

テトラ「そうでしょうか……」

数式は手がかり

「ところで、テトラちゃんは $e = 2.718281828\cdots$ という数、《自然》だと思える?」

テトラ「い、いえっ! 思えません。すごく複雑ですし」

「だよね。 $e = 2.718281828\cdots$ みたいに小数を使って書き表すと、 数が具体的にわかる。その意味ではとてもわかりやすい。 $e$ は $2$ より大きいけど $3$ よりは小さいみたいに、 大きさの感覚もわかる。 でも、《$e$ はどんな性質を持つ数なのか》というのは調べようがないしね」

テトラ「$e$ がどんな性質を持つ数なのか調べる……んですか?」

「そう。 $e = 2.718281828\cdots$ みたいな、数字の羅列を与えられても、 それ以上どうしようもないから。こんな数字の羅列をもとにして、何か考えを進めることはできないってことだよ」

テトラ「……」

「それに比べると、 $e = \dfrac{1}{0!} + \dfrac{1}{1!} + \dfrac{1}{2!} + \dfrac{1}{3!} + \cdots$ のように、 数式を使って書き表したものはとてもいい。 だって、その数式を《手がかり》にして、数が持っている性質を調べることができるから」

テトラ「……」

「ミルカさんだったら、《数式は数の構造を明らかにする》とか何とかいいそうだよね」

テトラ「……おもしろいです」

「おもしろいよね、数式って」

テトラ「あ、いえ、数式といいますか、先輩のお考えがおもしろいと思ったんです」

「どういうこと?」

テトラ「あたしは、数式を見るとまず《むずかしそう》と思います。 次に思うのは《この数式の意味はなんだろう》です…… そして《端っこから根気よくコツコツ調べていけばわかるかなあ……わかるといいなあ》とも思います」

「うんうん、なるほど?」

テトラ「あたしは、数式のこと、攻めてくる敵みたいに思うときも……あります。 やっつけなきゃいけない敵です」

「テトラちゃん、意外とバトル好きだしね」

テトラ「え、そ、そうですか? ……ともかく、敵です。 でも、やっつけたあと、仲良しの《お友達》になることもあったりします」

「お友達か。テトラちゃんらしいね」

テトラ「先輩は……数式を《手がかりにする》っておっしゃいました。 勘違いしているかもしれませんが、なるほどと思います。 数字の列だけだと、何だかよくわかりませんけれど、 $e$ の冪級数の形は確かに規則性があります」

「だよね。この冪級数のパターンは美しいと思うよね」

テトラ「い、いえ、《美しい》とまでは……その境地にはなれませんが。すみません」

「そうかなあ」

テトラ「先輩は、この冪級数の……数式からどんな性質を調べることができるんですか?」

指数関数

「あ、ええと……そういわれると難しいなあ。 $e$ そのものというよりも、 指数関数 $e^x$ の性質を調べるのはできるけど」

テトラ「指数関数 $e^x$ の性質……ですか」

「うん、そうだね。指数関数といったときは底を決めないといけないね。 $y = 2^x$ の場合には $2$ が底になっていて、 $y = 10^x$ の場合は $10$ が底になっていて、 そして、 $y = e^x$ の場合には $e$ が底になるよね」

指数関数いろいろ

$$ \left\{\begin{array}{llll} y &= 2^x && \REMTEXT{底が$2$の指数関数} \\ y &= 10^x && \REMTEXT{底が$10$の指数関数} \\ y &= e^x && \REMTEXT{底が$e$の指数関数} \\ \end{array}\right. $$

テトラ「はい……そうか、そうですよね」

「何が?」

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(2014年5月23日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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