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第100回 シーズン10 エピソード10
純情な順序の交換に好感(後編)

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の部屋

ユーリは不等式の問題を解いていた。 ちょっとやっかいだと思っていた問題がようやく証明できたところ。

「これで、問題3a《並べ替えの不等式》が確かめられたね」

解答3a《並べ替えの不等式》

$a \GEQ b \GEQ c$ で、 $x \GEQ y \GEQ z$ とする。 このとき、 $$ ax + by + cz \GEQ ay + bz + cx $$ が成り立つ。

ユーリ「お・も・し・ろ〜い!」

「じゃ、これを一般化してみよう」

ユーリ「出たな《一般化マニア》」

「新しい二つ名が誕生した!」

ユーリ「文字を四つにするんでしょ?」

「いやいや、一気に $n$ 個にしてみよう。 そのために、名前をまず変える」

ユーリ「$a,b,c$ を変えるの?」

「いや、 $a,b,c$ も、 $x,y,z$ も変える。 そして、 $a$ と $b$ に……」

ユーリ「どしたの?」

「……」

ユーリ「ねー!」

「ちょっと待って。一般化はちょっと待って。何か、引っかかる」

別解発見

ユーリ「お兄ちゃんが一般化するっていったんじゃん……」

「さっきの証明に $ay + bz + cx$ って出てきたよね。この式が……」

ユーリ「うん。 $x,y,z$ を並べ替えて $y,z,x$ にしたんでしょ? そんで、もとの $ax + by + cz$ 以下になった」

「もしも $a,b,c$ なら、 $b,c,a$ だなと思ったんだ、いま、ふと」

ユーリ「は? お兄ちゃん、なに言ってんの?」

「だからね、 $ay + bz + cx$ で、 $x = a, y = b, z = c$ とするだろ? そうすると、 $ay + bz + cx = ab + bc + ca$ だから……うん! やっぱり、うまくいく!」

ユーリ「何が何が何が? もーわけわかんない」

「これは別解になるな!」

ユーリ「何の?」

「おぼえてるだろ? ほら、この問題」

問題第92回参照

$a,b,c$ は実数とする。次の不等式を証明せよ。

$$ a^2 + b^2 + c^2 + 1 > ab + bc + ca $$

ユーリ「あー、なんかあったね。お兄ちゃんがくやしがった問題」

「《並べ替えの不等式》$ax + by + cz \GEQ ay + bz + cx$ を使えば、この不等式が証明できるんだよ! 一瞬で」

ユーリ「へー?」

「《並べ替えの不等式》の $x,y,z$ に、それぞれ $a,b,c$ を代入するだけだよ」

《並べ替えの不等式》で、 $(x,y,z) = (a,b,c)$ とした

$a \GEQ b \GEQ c$ のとき、 $$ aa + bb + cc \GEQ ab + bc + ca $$ が成り立つ。

ユーリ「ほほー? そっか、 $ax + by + cz \GEQ ay + bz + cx$ の $x,y,z$ に $a,b,c$ を代入……」

「そう。 $aa, bb, cc$ は $a^2, b^2, c^2$ に等しいよね。 だから、 $a \GEQ b \GEQ c$ のとき、 $a^2 + b^2 + c^2 \GEQ ab + bc + ca$ が成り立つ。 あとは左辺に $1$ を足せば、等号は絶対に成立しなくなる!」

ユーリ「なるほどー!」

《並べ替えの不等式》で、 $x = a, y = b, z = c$ とし、左辺に $1$ を加えた

$a \GEQ b \GEQ c$ のとき、 $$ a^2 + b^2 + c^2 + 1 > ab + bc + ca $$ が成り立つ。

「$a^2 + b^2 + c^2$ を、 $aa + bb + cc$ という形だと見なして、 $aa + bb + cc$ と $ab + bc + ca$ とを比較したんだ。この別解はおもしろいなあ」

ユーリ「あれ……でも、条件あるじゃん。いまの問題には大小の条件なんにも付いてなかったよ。 でも、この《並べ替えの不等式》では、 $a \GEQ b \GEQ c$ という条件がついちゃう! だめじゃん!」

「いや、いいんだ。対称性により、 $a \GEQ b \GEQ c$ という条件を付けても一般性を失わないから」

ユーリ「いまなんてった?」

「『対称性により、 $a \GEQ b \GEQ c$ という条件を付けても一般性を失わない』」

ユーリ「どゆこと?」

「これは数学のちょっとしたテクニックだよ。 いま証明しようとしている不等式 $a^2 + b^2 + c^2 + 1 > ab + bc + ca$ は、 $a,b,c$ のどの二つを交換しても変わらないよね。たとえば $a$ と $b$ を交換すると、 $b^2 + a^2 + c^2 + 1 > ba + ac + cb$ になるけど、 実はこの不等式は交換前と変わってない」

ユーリ「あ、ほんとだ」

「こんなふうに、文字を交換しても変わらないという性質のことを対称性っていうんだよ」

ユーリ「それで、その……対称性があると、条件付けられるの?」

「そうなんだよ。三つの実数 $a,b,c$ があったら、その大きさは $a \GEQ b \GEQ c$ かもしれないし、 $b \GEQ a \GEQ c$ かもしれないし、 $c \GEQ a \GEQ b$ かもしれないよね」

ユーリ「だから! 条件は勝手に付けられないんじゃないの?」

「違うんだ。 $a,b,c$ の大きさが実際にどういう順番かはわからないけれど、 とにかく大きさの順番に並べてしまって、その順番で名前を $a,b,c$ にしてしまうことができる」

ユーリ「そんな! 勝手に名前を交換してもいいの?」

「そこで対称性が効いてくる。さっきもいったけど、 いま証明したい式は対称性を持っている。だから、どんな順番で $a,b,c$ と名前を付けても、 結局同じ式を証明することになるんだ!」

ユーリ「おおおおっ! へ、へえ……」

「対称性を利用するのは、うまいテクニックだよ。証明問題でときどき出てくる。 そのときに使う決まり文句が、 『対称性により、ナニナニという条件を付けても一般性を失わない』 というもの」

ユーリ「『一般性を失わない』って、意味よくわかんないね」

「ユーリが疑問に思ったように、証明するときに勝手に特殊な条件を付けちゃだめだ……ふだんはね。 特殊な条件を付けると、一般的な証明じゃなくなってしまう。 『条件を付けると一般性を失う』ということ。 でも、対称性があるときに限り、文字の順番を好きなように並べ替える条件を付けてもかまわない。 そのことを『一般性を失わない』って表現するんだよ。 そして証明した後は、もうその条件はなくしてもかまわない」

ユーリ「それはちょっと……覚えられないかも」

「まあいいよ。ともかく、《並べ替えの不等式》を考えることで、 $a^2 + b^2 + c^2 + 1 > ab + bc + ca$ が証明できた」

二つにしたら

ユーリ「一般化の話はどーなったの?」

「うん、ちょっと待って。文字が三個でも、考えると面白いものが出てくるなあ」

ユーリ「せっかく《一般化の魔術師》って二つ名つけたのに」

「二つ名、さっきと違うぞ……まてよ。二つにしたらどうかな」

ユーリ「《数式マニア》と《一般化マニア》の二つ」

「違う違う!  $a,b,c$ の三文字の並べ替えじゃなくて、 $a,b$ の二つの文字の交換をするってこと」

《並べ替えの不等式》から導けること(三文字)

$$ aa + bb + cc \GEQ ab + bc + ca $$

ユーリ「えーと? 二文字にするということは、 $a \GEQ b$ のとき、 $aa + bb \GEQ ab + ba$ が成り立つ……だね」

「そうだね。そして対称性があるから、実はその条件は付けなくてもいい」

《並べ替えの不等式》から導けること(二文字)

$$ aa + bb \GEQ ab + ba $$

ユーリ「ふむふむ」

「ここから、 $a^2 + b^2 \GEQ 2ab$ になって……おおっと! 《相加相乗平均の関係》じゃないか!」

《並べ替えの不等式》から《相加相乗平均の関係》を導く

$$ \begin{align*} aa + bb &\GEQ ab + ba \\ a^2 + b^2 &\GEQ ab + ab \\ a^2 + b^2 &\GEQ 2ab \\ \dfrac{a^2 + b^2}{2} &\GEQ ab \\ \end{align*} $$ ここで、 $A = a^2, B = b^2$ とおくと $A \GEQ 0, B \GEQ 0$ である。

ここでさらに、 $ab \GEQ 0$ という条件を付けると、 $ab = \SQRT{AB}$ が成り立つから、 $$ \dfrac{A + B}{2} \GEQ \SQRT{AB} $$ が得られる。

等号成立は $A = B$ のとき。

ユーリ「ほよー。いろんなのが出てくるんだね!」

「そうだなあ。ここでは $aa + bb$ を $ab + ba$ と比較したことになる、か……」

簡略表記

ユーリ「そんで、《一般化の鬼》はここからどーするかね」

「無駄に二つ名増やすなよ……まずは名前を直すことにしよう。 さっきまで、 $a,b,c$ と $x,y,z$ で考えてきたけれど、 ここからは、 $a_1,a_2,a_3$ と $b_1,b_2,b_3$ で考えることにする」

ユーリ「なんで? めんどくさいだけじゃん」

「$a_1,a_2,a_3$ のようにしておくと、 $a_n$ のようにして一般化がしやすくなるからだよ。 $a_1$ の $1$ の部分を添字(そえじ)っていうんだけど、 まずは、数字の添字を使って考えておいて、あとから一気に $n$ に変える」

ユーリ「ふむふむ、なるほどね」

「まずは、僕たちが《並べ替えの不等式》でわかったことを書いてみるよ」

《並べ替えの不等式》でわかったこと

$a_1 \GEQ a_2 \GEQ a_3$ で、 $b_1 \GEQ b_2 \GEQ b_3$ とする。 このとき、 $$ a_1b_1 + a_2b_2 + a_3b_3 \GEQ a_1b_2 + a_2b_3 + a_3b_1 $$ が成り立つ。

ユーリ「えーと、これ正しい?」

「正しいよ。 $a,b,c$ を $a_1,a_2,a_3$ で置き換えて、 $x,y,z$ を $b_1,b_2,b_3$ で置き換えただけだからね」

ユーリ「そーだけど……なんかごちゃごちゃして、めんどくなっちゃったね」

「そんなことないよ。数式はじっくり読めばよくわかる。 こういう添字がたくさん付いた数式は、規則的なところと不規則的なところを ピックアップして読むといいんだよ。こんなふうに」

$$ a_1\underline{b_1} + a_2\underline{b_2} + a_3\underline{b_3} \GEQ a_1\underline{b_2} + a_2\underline{b_3} + a_3\underline{b_1} $$

ユーリ「下線が付いた」

「ほら、 $a_1,a_2,a_3$ は両辺とも同じ順番になってるだろ? だから、 それと掛け合わせている $b_1,b_2,b_3$ の順序に注目すればいいんだよ。 左辺の方は $1,2,3$ で、右辺の方は $2,3,1$ だろ。 めんどくさがるんじゃなく、注目点を意識して……」

ユーリ「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。 左辺は $b_1,b_2,b_3$ の順番で、右辺は $b_2,b_3,b_1$ の順番って言いたいんでしょ」

「そうだよ」

ユーリ「だったら、 $a$ も $b$ もいらないじゃん! その方がずっとめんどくない」

「$a$ も $b$ もいらないって?」

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(2014年12月12日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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