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第127回 シーズン13 エピソード7
コインを10回投げたとき(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

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高校の図書室

放課後の図書室で本を読んでいると、テトラちゃんがぶつぶつ言いながら現れた。

テトラ「ごかいじゃない……?」

「何が誤解?」

テトラ「あ、先輩! あのですね、村木先生からカードをいただいてきたんですが、 それが……とても簡単な問題で」

「簡単で誤解を生む……?」

テトラ「え? あ、ちがいますよ。five timesです。 $5$ 回です。 それこそ誤解です」

「いったい、村木先生から、どんな問題をもらってきたの?」

テトラ「はいっ、これです」

「これだけ?」

テトラ「これだけ、です」

「コインを $10$ 回投げたとき、表は何回出るだろう。 何だか、ひとりごとみたいな問題だね。 それで、テトラちゃんは、投げた回数の半分の $5$ 回が表になると思ってる……そういうこと?」

テトラ「はいはい。そういうこと、です」

テトラちゃんは小刻みにうなずく。

「うーん、でも、これって確率の問題だよね。確率というか、統計か。 だって、コインを $10$ 回投げたとき、いつも表が $5$ 回出るとは限らないよね」

テトラ「あ、はい。それはわかっています。 $4$ 回出ることもありますし、 $5$ 回のことも、 $6$ 回のことも……何でしたら、 $10$ 回ぜんぶが表っていう場合だってあります…… でも、そんなことを言い出したら、何回でもよくなってしまいますよね。 表は $1$ 回から $10$ 回まで、どれでも出る可能性がありますから」

「そうだね。 $0$ 回の場合もね」

テトラ「あっ、はい。 $0$ 回もあります」

僕たちの考え

コインを $10$ 回投げたとき、 表が出る回数は $0$ 回から $10$ 回まで、どの可能性もある。

テトラ「ですから、この村木先生の問題に正確に答えることはできないです。 できないですが、聞かれているのは、もっともよく出る可能性がある回数は何かということだと思ったんです」

「なるほど。それは確かに妥当な問題設定だよね」

テトラ「ですよね。だって、村木先生はわざとあいまいな問題を出したり、 数式だけを出して好きなように考える問題を出しますから」

「うんうん。 ちなみに、この問題をテトラちゃんに渡したとき、 村木先生は何も言ってなかったの? 突然ポンと渡したの?」

テトラ「はい、特には何も。 先生が問題をくださったのは、 チェビシェフの不等式についてのレポートをあたしが持っていったときでした」

「チェビシェフの不等式?」

テトラ「はい、先日ミルカさんがおっしゃっていた不等式です(第124回参照)」

「$\mu - 2\sigma$ から $\mu + 2\sigma$ の範囲に、少なくともデータの $\frac{3}{4}$ が含まれている……」

テトラ「それです!」

「ははーん。だったら、村木先生はチェビシェフの不等式に対する《関連問題》として、このコインの問題を出してきたんだよ」

テトラ「関連問題?」

「そうそう。 チェビシェフの不等式では、平均と標準偏差が重要な役割を果たしていた。 だから、きっと問題設定を僕たちなりに考えてみると、これがいいんじゃないかな」

問題(1)(2)

コインを $10$ 回投げることを考える。

(1)このとき、表が出る回数の平均 $\mu$ を求めよ。

(2)また、表が出る回数の標準偏差 $\sigma$ を求めよ。

「そして、表が出る回数が、 $\mu - 2\sigma$ と $\mu + 2\sigma$ のあいだに入る確率を調べてみる……と」

テトラ「……あれ、でも、それは、 チェビシェフの不等式で $\frac{3}{4}$ だと、 すでにわかっているのではないんでしょうか」

「いやいや、ミルカさんも言ってたけど、 チェビシェフの不等式は《どんな分布に対しても成り立つ》ものだよね。 少なくとも $\frac34$ は入っているけれど、 分布を定めれば、もっと入っている可能性がある。 いまは《コイン投げを $10$ 回行う》という決まった状況で考えるわけだから、それはありえる話だよね」

テトラ「なるほどです。理解しました。それはそうですね」

表が出る回数の平均

問題(1)

コインを $10$ 回投げたとする。

(1)このとき、表が出る回数の平均 $\mu$ を求めよ。

テトラ「では、さっそく平均から考えてみます……平均ですから、 ぜんぶを加えて $10$ で割ればいいですね」

「え?」

テトラ「え? ……あ、ちがいます。 $0$ 回から $10$ 回ですので、 $11$ で割るんですね」

「いやいや、テトラちゃんは何か勘違いしているんじゃないかな」

テトラ「コインの表が出る回数の平均ですから、 $0$ 回と $1$ 回と $2$ 回と……そして $10$ 回まで、表が出る回数をぜんぶ足して $11$ で割るのではないんでしょうか? 確かに、 計算すると $5$ になりますし」

表が出る回数の平均値(?) $$ \dfrac{0 + 1 + 2 + \cdots + 10}{11} = \dfrac{55}{11} = 5 $$

「テトラちゃん、テトラちゃん、落ち着いて考えて。 表が出る回数はぜんぶ同じ頻度で出るわけじゃないよ。 表が何回出るかによって、確率は違う。 だから、単純に足して割るやり方はだめだよ」

テトラ「あ……」

「確率に比例した分だけ頻度が高くなるんだから、 《表が出る回数》に《その回数になる確率》を掛けて足すようにしなくちゃ。 回数に、確率という重みをつけて足し合わせるんだよ」

テトラ「……あれ? うわっ! だめですだめです! あたし、 何を言ってるんでしょう! 確かに、表が出る回数によって確率ちがいますね! 表が $0$ 回と、表が $10$ 回じゃぜんぜん違います」

「いや、その二つは同じだよ……テトラちゃん。表が $0$ 回出る確率は、表が $10$ 回出る確率に等しいよ。 どちらも $\frac{1}{2^{10}}$ で」

テトラ「す、すみません。ちょっと落ち着きます……はい、今度は大丈夫です。きちんと言い直します」

「うん」

テトラ「コインを $10$ 回投げるとき、表が $0$ 回出る確率を $P_0$ とします。 また、表が $1$ 回出る確率を $P_1$ とします。同様に、表が $k$ 回出る確率を $P_k$ と呼ぶことにします」

「おっと、 $k$ が出てきた。いいなあ。その場合、 $k$ は $0,1,2,\ldots,10$ の範囲のどれかだね」

テトラ「はい、そうです。ええと、それで、表が出る回数に確率を掛けて、 それをぜんぶ加えれば平均になりますね」

コインが表になる回数の平均 $\mu$

コインを $10$ 回投げるとき、表が $k$ 回出る確率を $P_k$ とする($k = 0,1,2,\ldots,10$)。

このとき、表が出る回数の平均 $\mu$ は、

$$ \mu = 0P_0 + 1P_1 + 2P_2 + \cdots + 9P_9 + 10P_{10} $$

で求められる。

「その通り、その通り。その式、よくサクっと出てきたね」

テトラ「いえ、そういえば以前、期待値を習ったのを思い出したんです。 数に、その数になる確率を掛けて加える」

「うん、平均は期待値と同じことだからね。《平均したら表は何回出るか》というのと、 《表が何回出ることが期待できるか》というのはほとんど同じことを言ってるから」

テトラ「ということは、あとは $\mu$ を求めるのに、 この $P_0, P_1, P_2, \ldots, P_{10}$ を計算すればいいですね」

「そうなるね」

$k$ 回表が出る確率 $P_k$ を計算する

問題(1-a)

コインを $10$ 回投げたとき、表が $k$ 回出る確率 $P_k$ を求めよ。

テトラ「これは難しくありません」

「そうだね。コイン $10$ 回投げるすべての場合を考えて……」

テトラ「お待ちください、先輩」

テトラちゃんの前に手のひらを広げた。ストップ、の合図。

テトラ「名誉挽回、今度はきちんと答えられます。 いまから求めるのは、コイン $10$ 回投げたうちで表が $k$ 回出る確率です」

「うん」

テトラ「コインを $10$ 枚投げたときのすべての場合の数はぜんぶで $2^{10}$ 通りあります。 なぜなら、 $1$ 枚目が表裏の $2$ 通りあって、 そのそれぞれに対して $2$ 枚目も表裏の $2$ 通りあって、……これを $10$ 回繰り返して、 $$ \underbrace{2 \times 2 \times \cdots \times 2}_{\REMTEXT{$10$回}} = 2^{10} $$ がすべての場合の数です」

「そうだね」

テトラ「そして、 $10$ 枚のうち表が $k$ 枚出る場合の数は、 $10$ 枚から $k$ 枚取り出す組み合わせを考えればいいので、 $$ {}_{10}\textrm{C}_{k} = \binom{10}{k} = \dfrac{10!}{k!\,(10-k)!} $$ が求める場合の数ですね」

「うんうん、いいよ」

テトラ「ですから、求める確率 $P_k$ は、 $$ \begin{align*} P_k &= \dfrac{\REMTEXT{$10$枚から$k$枚取り出す組み合わせの数}}{2^{10}} \\ &= \dfrac{10!}{2^{10}\,k!\,(10-k)!} \end{align*} $$ となります」

解答(1-a)

コインを $10$ 回投げたとき、表が $k$ 回出る確率 $P_k$ は、 $$ P_k = \dfrac{1}{2^{10}}\cdot\binom{10}{k} = \dfrac{10!}{2^{10}\,k!\,(10-k)!} $$ で求められる。

「すごいすごい。一発で正解だね」

テトラ「あ、ありがとうございます。 それはいいんですが……これ、計算がものすごいことになるような気がします。 しかも、ほんとうに求めたい平均 $\mu$ はさらに複雑なことに……」

これをどうやって計算する?

$$ \mu = 0\cdot\dfrac{10!}{2^{10}\,0!\,(10-0)!} + 1\cdot\dfrac{10!}{2^{10}\,1!\,(10-1)!} + \cdots + 10\cdot\dfrac{10!}{2^{10}\,10!\,(10-10)!} $$

「元気少女テトラちゃんがめげるのはめずらしいね」

テトラ「は、はい……でも、がんばればなんとか」

「あのね、これが複雑に見えるのは、テトラちゃんががんばったからだと思うよ」

テトラ「はい?」

「さっきテトラちゃんは確率 $P_k$ を一般的に考えたよね。 つまり、 $k$ 枚という文字を含んだ形で考えた。 だから、 $$ P_k = \dfrac{10!}{2^{10}\,k!\,(10-k)!} $$ という複雑な式が出てきたわけだよね。 $k$ という文字を含んだ式」

テトラ「あ、はい、そうですね。いつものあたしなら……もっと具体的にこつこつと」

「そうなんだよ」

テトラ「では、 $P_0$ から順番に考えてみます」

$$ \begin{align*} P_0 &= \dfrac{10!}{2^{10}\,0!\,(10-0)!} \\ &= \dfrac{10!}{2^{10}\,10!} \\ &= \dfrac{1}{2^{10}} \\ \end{align*} $$

テトラ「あ。 $P_0 = \dfrac{1}{2^{10}}$ なんですね」

「そうだね。 $P_0$ というのは表が $0$ 回だから、 $10$ 回すべてが裏になる。それは $2^{10}$ 通りのうちたった $1$ 通りしかない。 それで、 $P_0$ の分子は $1$ になってる。 $P_1$ もすぐに求められるよ」

テトラ「はい!」

$$ \begin{align*} P_1 &= \dfrac{10!}{2^{10}\,1!\,(10-1)!} \\ &= \dfrac{10!}{2^{10}\,9!} \\ &= \dfrac{10\times9!}{2^{10}\,9!} \\ &= \dfrac{10}{2^{10}} \\ &= \dfrac{5}{2^9} \\ \end{align*} $$

テトラ「$P_1$ も簡単ですね。 $P_1 = \frac{5}{2^9}$ でした」

「あ、最後の約分はないほうがいいね、テトラちゃん。 そのほうが意味がよくわかるよ。 $P_1$ は、 $1$ 回だけ表が出る確率だ。 $1$ 回目だけ表で残りは裏の場合、 $2$ 回目だけ表で残りは裏の場合、……と来て、 $9$ 回目までぜんぶ裏で最後に表の場合。この $10$ 通りになる。 分母は $2^{10}$ のままにすると、 $P_1$ の分子は $10$」

テトラ「なるほどです。わかりました。では続けて $P_2$ を!」

$$ \begin{align*} P_2 &= \dfrac{10!}{2^{10}\,2!\,(10-2)!} \\ &= \dfrac{10!}{2^{10}\,2\cdot 8!} \\ &= \dfrac{10\times9\times 8!}{2^{10}\,2\cdot 8!} \\ &= \dfrac{10\times 9}{2^{10}\cdot2} \\ &= \dfrac{45}{2^{10}} \\ \end{align*} $$

テトラ「あたりまえですけれど、ぜんぶ分母は $2^{10}$ にできるんですね」

「$P_2$ の分子は $45$ になる。そろそろ気付くよね、テトラちゃん」

テトラ「何にですか?」

「一つ一つ計算するんじゃなくて、パスカルの三角形を使うことに!」

テトラ「あっ!」

パスカルの三角形

テトラ「そうですよね。 $10$ 枚から $k$ 枚選んだ組み合わせの数……パスカルの三角形ですぐにわかります! ううう……」

パスカルの三角形

「そうそう。 $1, 10, 45, 120, 210, 252, 210, 120, 45, 10, 1$ をうまく使えば、 $\mu$ の計算もすぐできるよ。 この数列が $\binom{10}{k}$ で $k = 0,1,2,\ldots,10$ に相当するわけだから」

$$ \begin{align*} \binom{10}{0} &= 1 \\ \binom{10}{1} &= 10 \\ \binom{10}{2} &= 45 \\ \binom{10}{3} &= 120 \\ \binom{10}{4} &= 210 \\ \binom{10}{5} &= 252 \\ \binom{10}{6} &= 210 \\ \binom{10}{7} &= 120 \\ \binom{10}{8} &= 45 \\ \binom{10}{9} &= 10 \\ \binom{10}{10}&= 1 \\ \end{align*} $$

テトラ「これでやってみます!」

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(2015年8月14日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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