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第131回 シーズン14 エピソード1
積もり積もる(前編) ただいま無料

書籍『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。

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僕の部屋

ユーリ「ねーお兄ちゃん、算数って変な問題あるよね」

「変な問題って?」

ユーリ「ほら、『水槽に水を入れるときに何分かかりますか』みたいなの」

「算数でよくある問題だね。でも何も変じゃないよ」

ユーリ「だってさ『実はその水槽には穴が開いていて、 水が決まった量だけ流れ出しています。さて』みたいなの……それって、 水を入れる前に穴ふさいだほーがいいじゃん!」

「ああ、そういうことね。ユーリの言いたいことはわかるけど。 算数の問題は自然に読めるときもあるけど、実際の生活に当てはめるとき、 おかしな場合は確かにあるなあ」

ユーリ「こないだね、テストで計算ミスして、 人間の歩くスピードが《時速300キロ》になった友達いたよ」

「あはは、そりゃおかしいな。新幹線より速い。でもそれは計算ミスだから、 出題者は悪くないよね」

ユーリ「それでも『水槽に穴が開いていて』っていうのはちょっとなー」

「そういえば、小学校のときすごく悩んだ問題があったな。 算数の問題なんだけど」

ユーリ「へー、どんなの?」

「話したことなかったっけ。水槽の問題だよ」

水槽の問題

問題1(二本の管と水槽)

円筒形の水槽に水を入れましょう。

太い管と細い管の二本を使って水を入れることができます。

太い管だけを使ったときには、 $3$ 分で水槽はいっぱいになります。

細い管だけを使ったときには、 $6$ 分で水槽はいっぱいになります。

それでは、太い管と細い管の両方を使って水を入れたなら、 水槽は何分でいっぱいになりますか。

ユーリ「これ、難しーの?」

「ユーリだったらどうやって解く?」

ユーリ「普通に解けばいーんでしょ? 太いのが $\frac13$ で細いのが $\frac16$ で、 足したらえっと $\frac{9}{18}$ だから $\frac12$ なので、 $2$ 分。 $2$ 分でいっぱいになる!」

「早いな!」

ユーリ「へへ。難しくないじゃん」

「小学生のときのお兄ちゃんには難しかったんだよ」

ユーリ「へー、何でなんで? どこが難しかったの?」

「ユーリはいま一言で『太いのが $\frac13$』って答えたけど、 その $\frac13$ はどこから来たんだろう」

ユーリ「だって、太い管なら $3$ 分で水槽がいっぱいになるんだから、 $\frac13$ じゃん」

「うん、だから、その $\frac13$ という数はどこから、なぜ出てきたのか。 それが小学生のときのお兄ちゃんには納得いかなかったんだよ。 さっきの問題、ちゃんと答えるとこうだよね」

解答1(二本の管と水槽)

太い管だけを使ったときには、 $3$ 分で水槽の全体が水で満たされます。 だから、 $1$ 分では水槽の $\frac13$ が満たされます。

同じように、細い管だけを使ったときには、 $1$ 分で水槽の $\frac16$ が満たされます。

ということは、太い管と細い管の両方を使ったときには、 $1$ 分で水槽の $\frac13 + \frac16$ が満たされます。

$\frac13 + \frac16$ を計算します。

$$ \begin{align*} \frac13 + \frac16 &= \frac6{18} + \frac3{18} \\ &= \frac{6 + 3}{18} \\ &= \frac{9}{18} \\ &= \frac12 \\ \end{align*} $$

ですから、太い管と細い管の両方を使ったときには、 $1$ 分で水槽の $\frac12$ が満たされます。

よって、水槽全体が満たされるのは $2$ 分後です。

ユーリ「ユーリの答えであってるじゃん。 何にも難しくない」

「お兄ちゃんがね、そのころ引っかかってたのは、 《あれ? 水槽の大きさはどうなったんだろう》というところなんだよ。 問題を読んだとき、心の中に水槽を思い浮かべるよね。 水槽と、そこに水を入れる管二本を想像する」

ユーリ「そだね」

「$3$ 分で水槽がいっぱいになるとか、 $6$ 分で水槽がいっぱいになるとか、 そういうことも全部想像できる。 でも、いざ計算しようと思ったときに《水槽の大きさ》を求められない!  と思ったんだよ。それで何だか納得いかなかった」

ユーリ「そーなんだ。お兄ちゃん、考えすぎんじゃないの?」

「でも、さっきの解答のように、『$1$ 分たったときどうなるか』を考えたら、 すごく納得した。つまり『$3$ 分でいっぱいになります』という問題文を、 『$1$ 分たった時点では $\frac13$ が満たされています』のように言い換える。 そこで大きなジャンプがあったんだね」

ユーリ「ジャンプって?」

「思考のジャンプ。考えの飛躍ってこと。 その言い換えができたとき、頭の中でカチカチカチっとつながった感じがしたんだ。 なぜかっていうと、 $1$ 分たった時点の状態を想像すると、

  • 太い管からの水は、水槽の $\frac13$ を満たす。
  • 細い管からの水は、水槽の $\frac16$ を満たす。
ということだから、これなら両方を足すのも納得だ!……と思ったんだね」

ユーリ「小学生のお兄ちゃんが?」

「いや、もちろん、そんなふうにきちんと考えたわけじゃなくて、 そう感じたということなんだけど」

ユーリ「へー、すごいね」

「そんなことないよ。でも、まだ引っかかっていることがあったんだ」

ユーリ「問題は解けたのに?」

「問題は解けたのに」

ユーリ「へー」

$1$ が大事

「あのね。さっきの問題は『$1$ 分後にどうなっているか』を想像すればわかる。 $\frac13$ と $\frac16$ を足すことができるからね。 でも、じゃあ、この $\frac13$ や $\frac16$ というのは何を考えていることになるんだろう…… そこが気になったんだよ。すごく便利な考え方だから」

ユーリ「小学生のときにそんなこと考えてたの?」

「いや、それはちょっと違うかも。 いまユーリに話したように整然と考えてたわけじゃない。 そんなふうに言語化してたわけじゃない。 もっとぼんやりと『これって何だろう』と考えてたという意味だよ」

ユーリ「んで、結論は?」

「そのときは結局ピンと来なかったんだけど、 『$1$ が大事』ということはわかった。つまりね、

  • 水槽全体を $1$ として考える。
  • $1$ 分たったときのようすを想像する。
という二つの考え方がうまくいくことに気付いたんだね」

ユーリ「ほーほー。『そのとき少年は気付いた、 $1$ が大事であることを』」

「なにナレーションやってるんだよ」

ユーリ「倒置法の練習」

「いまにして思えば、 『水槽全体を $1$ として考える』というのは《割合》を理解したってことだし、 『$1$ 分たったときのようすを想像する』というのは《速さ》を理解したってことなんだろうな」

ユーリ「速さ?」

「そうだね。正負の向きも考えていうなら、 《速度》を理解したってこと。『$1$ 分たったときにどれだけ水がたまったか』 というのは『単位時間あたりの水量』だから、水の速度といってもいいよね」

ユーリ「そゆことか。速度っていえば、 こないだお兄ちゃんから《微分》を教わったときに出てきた(『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』参照)」

「そうだね。 あのときは《単位時間あたりの位置の変化》で《平均の速度》を考えた」

ユーリ「グラフたくさん描いたよね」

「うん、あのときは接線の傾きで微分を……なるほど。 それはちょっとおもしろいかも」

ユーリ「なになに?」

「こんな問題はどうだろう」

グラフを描く

問題2(?)

深さが $1$ mで、円筒形をした水槽に水を入れます。

太い管を使って水槽に水を入れると、 $3$ 分で水槽がいっぱいになります。

時刻を $t$ 分とし、 底面から測った水面の位置を $x$ メートルとし……

ユーリ「カンタン! だって、ずーっと水がたまっていくんだもん。 こんな感じ!」

「いやいや、早押しクイズじゃないんだから、最後まで問題聞いてほしいな」

問題2

深さが $1$ mで、円筒形をした水槽に水を入れます。

太い管を使って水槽に水を入れると、 $3$ 分で水槽がいっぱいになります。

時刻を $t$ 分とし、 底面から測った水面の位置を $x$ メートルとし、 水面が上がっていく速度を分速 $v$ メートルとする。

時刻 $t$ と速度 $v$ の関係を表すグラフを描きましょう。

ユーリ「うわずるい! さっきのなし! こーだね!」

解答2

時刻 $t$ と速度 $v$ の関係を表すグラフは以下の通り。

「そうだね。時刻と速度の関係を表すグラフなんだから、 ずっと水が増えていくように斜めの線を引いちゃだめだね。 速度はずっと一定で、 $\frac13$ だから」

ユーリ「ふー、あぶなかったぜ」

「さっきユーリが描こうとしたのは、 水面が上がる《速度のグラフ》じゃなくて、 水面の《位置のグラフ》だよね」

ユーリ「そだね」

「でも、グラフで大事なことを忘れてたよ」

ユーリ「大事なこと……あ、軸?」

「そうだよ。グラフでは、軸がなにを表しているかを書かなかったら、 何の意味もない。ただの線になってしまう」

ユーリ「そーだった」

「位置のグラフはこうだよね」

時刻 $t$ と位置 $x$ の関係を表すグラフ

逆?

「微分の話をしたとき、 《位置のグラフ》から《速度のグラフ》を求めるのは、 ちょうど《時刻で微分する》ことに相当するって話をしたの、覚えてる?」

ユーリ「うん。グラフの傾きでしょ?」

「そうだね。この水面の《位置のグラフ》と《速度のグラフ》でも同じことがいえる。 《位置のグラフ》は直線になっていて、その直線の傾きはどこでも $\frac13$ になる。 そしてそれはちょうど《速度のグラフ》がどこでも $\frac13$ という値になっていることを表している」

ユーリ「やったやった」

「それでね、その《逆》を考えてみよう」

ユーリ「逆って?」

「つまり《速度のグラフから位置のグラフを求める》という演算だよ」

ユーリ「ほほー?」

「その演算のことを積分というんだ」

ユーリ「せきぶん?」

「そう。積分。積分は微分の逆演算。 大ざっぱな言い方をすれば《速度を時刻で積分すると位置を得る》といえる」

ユーリ「積分ってゆーんだ」

「それでね、《位置のグラフ》から《速度のグラフ》を求めるとき、 つまり微分するとき、グラフの傾きを求めたよね」

ユーリ「さっきユーリ言ったじゃん」

「うんうん、そこで逆だよ。いいかい、ユーリ」

ユーリ「お兄ちゃん、なに前のめりになってんの」

「《速度のグラフ》から《位置のグラフ》を求めるとき、 つまり積分するとき、どうしたらいいか。これが問題になる」

問題3

《速度のグラフ》から《位置のグラフ》を求めるには、どうしたらいいか。

ユーリ「そりゃ、グラフの傾きを逆に……」

「グラフの傾きを、逆にどうするつもり?」

ユーリ「あり? えーと……っとっと、違うにゃ」

(あなたはもう、気付いていますよね?)

「意外に時間がかかるな」

ユーリ「ちがうもん。ちゃんと考えてるだけだもん」

「はいはい。それはいいねえ」

ユーリ「あのね。《面積を考えればいい》んじゃない?」

「そうだね! たとえば、《速度のグラフ》で $1$ 分、 $2$ 分、 $3$ 分のところまでの面積を考える。 ちょうど《位置のグラフ》はそのときまでの面積をグラフにしたようになる」

《速度のグラフ》が作る面積で《位置のグラフ》を作る

ユーリ「……」

「もちろん、それは、 $1$ 分、 $2$ 分、 $3$ 分以外のところでもずっといえる。いくら時刻 $t$ が大きくなってもね」

ユーリ「そこは、ちがうけどね!」

「え?」

ユーリ「だって、この水槽の深さは $1$ mなんでしょ?だったら、 $3$ 分過ぎて水がいっぱいになったら、 それ以上水面は高くならないじゃん? あふれちゃうもん!」

「あ……そうだね。確かに。深さが $1$ mの水槽ならそうなるな。あふれない範囲において、 《速度のグラフ》が描く面積が《位置のグラフ》を作ることになるね」

ユーリ「しっかりしてよね」

ほんとうに?

「しっかりね……まてよ。さっきの問題は別の点でアバウトすぎたな」

ユーリ「あばうと?」

「もっと厳密にいわなきゃいけなかったよ。 つまりね、《速度のグラフ》が描く面積が《位置のグラフ》を作るっていうのは、 《最初に水槽が空っぽのときに限る》からなんだ」

ユーリ「なに言ってるかわかんない」

「ほら、さっきの話。《速度のグラフ》の面積で《位置のグラフ》を描いたよね」

ユーリ「あれ、まちがいなの?」

「たとえば、最初に水槽が空っぽだったら --- つまり、水面の位置が $0$ mだったなら、 まちがいじゃない。でももしも、水面の位置がたとえば $\frac1{10}$ mつまり $10$ cmなら、 同じ《速度のグラフ》を使っても《位置のグラフ》はこんなふうになるよね」

最初の位置が $\frac1{10}$ mの場合の《位置のグラフ》

※水槽の深さは $1$ mよりずっと深いものとして考えています。

ユーリ「えーと……あ、そりゃそーじゃん。あったりまえ。 最初 $10$ cmからスタートするからでしょ」

「そうそう、そうだね」

ユーリ「だから……最初の水面の位置の分だけ、《位置のグラフ》全体がぐっと上がるだけの話じゃん。 グラフのここんところ」

最初の位置が $\frac1{10}$ mの場合の《位置のグラフ》

「その通りだよ。その上がった分のことを積分定数というんだ」

ユーリ「せきぶんていすう?」

「そう。積分定数。 ユーリがいうようにあたりまえの話なんだけどね。 《速度のグラフ》だけでは《位置のグラフ》は作れない」

ユーリ「は? さっき、それが積分だって言ったじゃん!」

「まあまあ。最初の位置がわからないなら、《速度のグラフ》だけでは《位置のグラフ》は作れない。 でも、最初の位置がわかれば、作れる。そういうこと」

ユーリ「ははあ……」

「その最初の位置に相当するのが積分定数なんだよ」

ユーリ「わかったよーな、わかんないよーな」

「じゃね、具体的に書いてみよう。《速度のグラフ》を表す数式はこうだよね」

《速度のグラフ》を表す数式

時刻 $t$ での速度を $v$ で表すと、

$$ v = \frac13 $$ となる。

ユーリ「数式ってゆーか、いつでも $v$ は $\frac13$ だってことっしょ?」

「そうだね。そして、水槽がはじめに空っぽだった場合の《位置のグラフ》を表す数式はこう」

《位置のグラフ》を表す数式(空っぽからスタート)

時刻 $t$ での位置を $x$ で表すと、

$$ x = \frac13t $$ となる。

ユーリ「あー、ま、そだね。傾きが $\frac13$」

「それで、最初の水面の位置を $C$ で表すと、こうなる」

《位置のグラフ》を表す数式(位置 $C$ からスタート)

時刻 $t$ での位置を $x$ で表すと、

$$ x = \frac13t + C $$ となる。

ユーリ「うんうん、そーだね。 $C$ の分だけ、上げたんでしょ?」

「その通り。 ここで、速度 $v$ を時刻 $t$ で積分すると位置 $x$ を得る。 つまり、 $\frac13$ を $t$ で積分すると、 $\frac13t + C$ になるんだ。 $C$ を積分定数としてね」

ユーリ「えっ?」

「積分は微分の逆演算だから、 微分を使って説明するよ。 ユーリは、簡単な微分を覚えてるかな。 たとえば、 $\frac13t$ を $t$ で微分したら $\frac13$ になる」

ユーリ「うん、それは覚えてるけど……あのね。微分のときって《微分定数》って出てこなかったよね? なんで積分だと《積分定数》 なんて出てくるの?」

「それはね……《$\frac13t$ を $t$ で微分したら $\frac13$ になる》というのは正しいんだけど、 微分して $\frac13$ になる関数は $\frac13t$ だけじゃないからなんだよ。 微分して $\frac13$ になる関数は無数にある。 $\frac13t + 1$ も、 $\frac13t + 2$ も、 $\frac13t + 10000$ も……だから、 逆演算として積分を表現するのは難しい」

ユーリ「ふんふん?」

「でも、結局ね、無数にあるといっても、定数分だけの違いしかない。 だから、ぜんぶまとめて $C$ としておきましょうっていうことだね。それが積分定数」

ユーリ「ふーん……」

「あれ、反応いまいちだな」

ユーリ「あのね、積分定数の話はわかったし、 積分が微分の逆演算ってのもわかったんだけど、 面積って、要するに長方形の面積だし、掛け算すればいいじゃん? それが積分なの? 掛け算が積分?」

「なるほど。そこがおもしろいところだよ、ユーリ」

ユーリ「お兄ちゃん、目がきらりんと光ったよ」

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(第131回終わり)

(2015年10月2日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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