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第143回 シーズン15 エピソード3
波を重ねる(前編)

書籍『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』

この記事は『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

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図書室にて

ここは高校の図書室。

は後輩のテトラちゃんに、先日ユーリに話していた《波の式》を説明していた(第142回参照)。

「……だから、この式だと時刻 $t$ の係数にマイナスが付くことになるんだよ。 ちょっとわかりにくいかもしれないけど」

テトラ「それは時刻 $t$ だけ《さかのぼった》ところにあった水位を見ているということになるんですね?」

「うん、だから、この波では《位置 $x$ の係数》と《時刻 $t$ の係数》は異符号になる。 これが《波の高さ》《波の波長》《波の周期》を全部入れた数式になるんだ。いわば《波の式》だね」

《波の式》

サインカーブで表される波を表す式は以下の通り。 $$ y = A \sin\left\{ 2\pi\left(\dfrac{x}{\lambda} - \dfrac{t}{T}\right)\right\} $$

ただし、

  • 波の高さを $A$
  • 波長を $\lambda$
  • 周期を $T$
とする。また $t = 0, x = 0$ での水位は $0$ で、波は $x$ 軸の正の向きへ進むものとする。

テトラ「それにしても、こんな難しい話をユーリちゃんは理解しちゃうんですか……」

「そうだね。えらいと思うよ。 あ、そういえば、センター試験に、ちょうどこの波の式が出たよね。上下反転してるけど」

テトラ「え! センター試験の、物理ですか?」

「物理の必答問題になってたね。 波の基本的理解を試すための問題ということだろうね」

テトラ「基本……これが基本なんですね」

「うん。だから、ちゃんと波を考えられるなら、 すぐに解けるよ。いっしょに解いてみようか」

テトラ「はい!」

センター試験の物理

平成28年度大学入試センター本試験 物理 第1問(平成28年1月17日実施)【一部修正あり】

$x$ 軸の正の向きに速さ $2$ m/sで進む正弦波がある。 図3は $x = 0$ における、変位 $y$ 〔m〕と時刻 $t$ 〔s〕の関係を表している。 位置 $x$ 〔m〕における、時刻 $t$ 〔s〕での変位 $y$ 〔m〕を表す式として 最も適当なものを、下の(1)〜(8)のうちから一つ選べ。

(1) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t + 2x\right) \right\}$

(2) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t - 2x\right) \right\}$

(3) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t + \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

(4) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t - \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

(5) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t + 2x\right) \right\}$

(6) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t - 2x\right) \right\}$

(7) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t + \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

(8) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t - \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

「まず、このグラフは《時刻と変位のグラフ》になっていることに注意して、 波の基本的な情報を集めていくよ」

テトラ「基本的な情報……周期や波長ですね?」

「そうそう。波一つ分を見てみると、 $2$ 秒だから、この波の周期は $T = 2$ ということになる。これはいいよね。 《時刻と変位のグラフ》から読み取れる」

テトラ「はい、そうですね」

「それから、波の高さ $A$ も読み取れる」

テトラ「はい、 $A = 0.2$ になっています」

「次に、問題文には速さが $2$ と書いてある。 向きは $x$ 軸の正の向きなので、速度 $v = 2$ といえる。 速度 $v$ と周期 $T$ がわかっているから、速度と周期と波長の関係式、 $$ v = \dfrac{\lambda}{T} $$ を使って、波長 $\lambda$ が求められることになる。これも難しくはない」

$$ \begin{align*} \lambda &= vT \\ &= 2 \times 2 && \REMTEXT{$v = 2, T = 2$だから} \\ &= 4 \\ \end{align*} $$

テトラ「はい、波長は $\lambda = 4$ になりました」

「あとはさっきの《波の式》に代入すればいいんだけど、 注意が一つ要る。それは僕たちの《波の式》を作ったときと、 この入試問題では前提条件が違うということ。 《時刻と変位のグラフ》がちょうど上下反転しているんだよ。 だから $\sin$ の符号が反転する」

僕たちの《波の式》を作ったときの《時刻と変位のグラフ》

センター試験の問題の《時刻と変位のグラフ》(上下反転している)

$$ \begin{align*} y &= -A \sin\left\{ 2\pi\left(\dfrac{x}{\lambda} - \dfrac{t}{T}\right) \right\} && \REMTEXT{上下反転しているからマイナスをつける} \\ y &= -0.2 \sin\left\{ 2\pi\left(\dfrac{x}{4} - \dfrac{t}{2}\right) \right\} && \REMTEXT{$\lambda = 4, T = 2$だから} \\ y &= -0.2 \sin\left\{ \pi \left(\dfrac{x}{2} - t\right) \right\} && \REMTEXT{$2$をカッコに入れて約分した} \\ \end{align*} $$

テトラ「あれ、でも、この式は選択肢にありませんが……」

選択肢

(1) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t + 2x\right) \right\}$

(2) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t - 2x\right) \right\}$

(3) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t + \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

(4) $y = 0.2 \sin \left\{ \pi\left(t - \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

(5) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t + 2x\right) \right\}$

(6) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t - 2x\right) \right\}$

(7) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t + \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

(8) $y = 0.2 \sin \left\{ 2\pi\left(t - \dfrac{x}{2}\right) \right\}$

「うん。だから、ここから三角関数の知識を使って式変形するよ。 $\sin$ は奇関数で $-\sin \theta$ は $\sin(-\theta)$ に等しい」

テトラ「そうですね」

「だから、式の初めのマイナスは、 $\sin$ の中に入れることができる。 角度に移せるんだよ。だから、こうなる」

$$ \begin{align*} y &= -0.2 \sin\left\{ \pi \left(\dfrac{x}{2} - t\right) \right\} \\ y &= 0.2 \sin\left\{ - \pi \left(\dfrac{x}{2} - t\right) \right\} && \REMTEXT{マイナスを中に入れた} \\ y &= 0.2 \sin\left\{ \pi \left(t - \dfrac{x}{2} \right) \right\} && \REMTEXT{さらに中に入れた} \\ \end{align*} $$

テトラ「ということは、(4)が正解なのですね!」

「うん、そうだね」

テトラ「でも……これは、この《波の式》を暗記していないと難しくないでしょうか」

「暗記は必要だけど、条件がちょっと変わったら対処できなくなる丸暗記はだめだよ。 式の成り立ちを理解しておかなくちゃ。 全体の式の形が、 $y = A \sin \heartsuit$ という形になることはわかるよね」

テトラ「あ、はい。これはサインカーブ前提ということですから」

「センター試験の問題文でも《正弦波》と書いてあるからね。 それで、この $A\sin\heartsuit$ のうち、 $\heartsuit$ の部分……これを《位相》というんだけど、 これを $t$ と $x$ を使って表現したいわけだ」

テトラ「はい、そうですね」

「波一つ分動かすためには、 $\heartsuit$ を $2\pi$ 動かすことになるよね。サインカーブの波一つ分。 $t$ で動かすには、周期との比を考えて $2\pi \cdot \dfrac{t}{T}$ を使うし、 $x$ で動かすには、波長との比を考えて $2\pi \cdot \dfrac{x}{\lambda}$ を使う」

テトラ「あ、はい、それもわかるんですが、でも、あたし、符号をまちがう自信があります! ぜったいまちがいます!」

「テトラちゃん、まちがう自信って……うん、結局ね《波の式》は、 $$ y = A \sin\left\{2\pi\left(\pm \dfrac{x}{\lambda} \pm \dfrac{t}{T} \right)\right\} $$ という形になるんだから、あとは試しにちょっと動かしてみればいいんだよ。そうすれば符号のミスはかなり減らせるはず」

テトラ「動かすって、波をですか?」

「《時刻と変位のグラフ》が $y = \sin t$ のサインカーブと同じ形になるなら、 $t$ の符号はプラスだし、 上下反転したサインカーブなら $t$ の符号はマイナスとわかる。 つまり $t$ を $0$ からちょっと動かしてみて、頭の中でグラフを描くんだよ」

テトラ「ああ……」

「同じように《位置と変位のグラフ》を使って $x$ の符号がプラスかマイナスかわかる。ちょっと $x$ を動かしてみればいい」

テトラ「……でも、やはり三角関数には慣れてないといけませんね」

「そりゃそうだね。どういう式を立てたとしても、 この二つのグラフを使って確かめるときは、いまのようなチェックをすることになるんだよ。 だから、波で大事なのは、 与えられた条件からきちんと《時刻と変位のグラフ》と《位置と変位のグラフ》を描ける力なんだ。 そしてそれは、波の形を描く力ともいえる。理解していたらグラフがさっと描ける」

テトラ「わかりました!」

「もしどうしても忘れちゃったら、 とりあえず目の前のグラフからわかることだけを書くのも手だよ。 問題文にあるこの《時刻と変位のグラフ》の式は、 $$ \begin{align*} y &= 0.2 \sin \left\{ 2\pi \cdot \frac{t}{T} \right\} \\ &= 0.2 \sin \left\{ 2\pi \cdot \frac{t}{2} \right\} \\ &= 0.2 \sin \pi t \end{align*} $$ という形になってる。ということは、 与えられた選択肢 $8$ 個のうち、 $t$ の係数が $2\pi$ になっているものは除外できるわけだね」

テトラ「ははあ……これは、 $x = 0$ のときのグラフですものね」

「そういうこと。もっとも、そこから先は何をどう考えようとも、《時刻と変位のグラフ》と問題文から、 《位置と変位のグラフ》を描くのと同じようなことを考える必要があるけれどね。 確実に解くためには結局、波の動きと式の意味をきちんと理解しておくしかないんだよ」

テトラ「はい!」

音波の謎

テトラ「……ところで、波というと、何となく想像はできるんですけど、 《時刻と変位のグラフ》と《位置と変位のグラフ》の二種類を考えることができる、 という発想はありませんでした」

「そうだよね。僕も物理で習うまでそんなこと、意識もしなかったよ」

テトラ「横軸は違いますが、縦軸はどちらも変位なのですね」

「そうだね。水の波だったら水位だろうけど、一般的には変位というね」

テトラ「一般的には……先輩、音はどうなるのでしょう」

「音も波だよ」

テトラ「ええ、そうですよね。音も波で、空気の振動が伝わっていくのは知っているんですが、 でも、水の波とは違うように思います。水の波ですと、水の下の世界と水の上の世界があります。 そしてその境目が波として見えています。でも、音は? 空気の振動は……」

「ああ、そうだね。テトラちゃんのいうとおり、 水の波と音の波は違うよ。それは《横波》と《縦波》の違いになるのかなあ」

テトラ「あっ、横波と縦波という言葉は聞いたことがあります。 地震のニュース解説でちらっと」

「横波か縦波かというのは、 《波の進行方向》と《媒質の振動方向》の違いを表現しているんだよ、 テトラちゃん」

テトラ「波と媒質……ですか」

「波がまっすぐ前に進んでいくとするよね。それを《波の進行方向》と呼ぶとしよう」

テトラ「波の進行方向はこっち! のようにですか」

テトラちゃんはそういって、右手をさっと前に伸ばす。

「そうそう。たとえば水の波が進んでいくとして、媒質、つまり水は上下に振動しているよね」

テトラ「はい、そうですね」

テトラちゃんはそういって、伸ばした手を上下に動かす。

「そういう波のことを《横波》っていうんだ。 波の進行方向を基準として、媒質の振動方向は《横》になっているから」

テトラ「上下なのに、横……なんですか?」

「ああ、ちょっと混乱しやすいよね。 《波の進行方向》に対して《媒質の振動方向》が垂直ということなんだ。基準の方向との関係。 うん、そうだ、洋服の横縞と縦縞を考えればいい。 自分の身体を棒だと考えると《横縞》というのは、 その棒に垂直の向きの縞模様のことだよね?」

テトラ「あっ、はい、そうですね。横のボーダー柄のことですね」

「あれと同じ。水の波が進む方向に対して水は垂直に振動している。 だから、水の波は横波というわけ」

テトラ「わかりました! 横のボーダー柄の服を着て水泳しているようなものですね!」

「あはは、そうだね。泳ぐ方向が《波の進行方法》で、横縞の方向が《媒質の振動方向》に対応してる。横波だ」

テトラ「あれ、でも、縦波は?」

「縦波は《波の進行方向》に対して《媒質の振動方向》が平行になるような波のことだね。 音の波は縦波になる。水の波は横波で、音の波は縦波」

テトラ「う、うう……波の進行方向と、媒質の振動方向が平行というのが、 想像できませんっ!」

「たとえば、こんなふうに媒質を単純化して描いてみるよ。 媒質が振動していないとき、つまり波がない状態では、 こんなふうに等間隔で並んでいるとする」

テトラ「おとなしく?」

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(2016年1月22日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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