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第153回 シーズン16 エピソード3
-4を作ろう(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

$ \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\LOOKSLIKE}{\quad\longleftrightarrow\quad} $

ユーリは、《ノイマンの方法》を使って『集合を使って数を作る』ことに挑戦している(第152回参照)。

引き算は?

ユーリ「ねーお兄ちゃん……どーなったの?」

「いや、ちょっと待って。交換法則もすぐにできると思ったんだけどな……」

は $m + n = n + m$ が成り立つことを証明しようとしていたが、 なかなかうまくいかない。

ユーリ「ユーリ、飽きてきちゃった」

「そうか……数学的帰納法を持ち出さないとまずいのか……ええと……」

ユーリ「交換法則はさておいて、これおかしくない?」

「さておくなよ。何がおかしいって?」

ユーリ「お兄ちゃんは、空集合からスタートして $0,1,2,3,\ldots$ を作ってるんでしょ?」

「そうだね。《ノイマンの方法》で」

《ノイマンの方法》で数を作る

$$ \begin{align*} 0 &= \{\,\} \\ 1 &= \{\,0\,\} \\ 2 &= \{\,0,1\,\} \\ 3 &= \{\,0,1,2\,\} \\ 4 &= \{\,0,1,2,3\,\} \\ 5 &= \{\,0,1,2,3,4\,\} \\ & \vdots \\ \end{align*} $$

ユーリ「ルールを使えば、 $5 + 3$ が $8$ になるってわかるけど、これだと《引き算》は作れないよね」

「いやいや、引き算は足し算の逆演算として作れるはずだよ。 $m, n, x$ をいままで作った数だとして、 $$ m = n + x $$ が成り立っているとき、 $m - n = x$ として引き算を定義すればいいんじゃないかな。 具体的にいえば、 $5 - 3$ を計算したかったら、 $3 + x$ を満たすような $x$ を、 $5 - 3$ の値として定義すればいいと思うけど」

ユーリ「でもそれだと、 $3 - 5$ はダメだよね?」

「ああ、そっちを気にしていたのか。 うん、そうだね。ユーリのいう通りだ。 いままで僕たちが作ってきたのは、 $$ 0, 1, 2, 3, \ldots $$ という《$0$ 以上の整数》だからね。 $3 - 5$ のように負になる数は作ってこなかった」

ユーリ「$3 - 3$ までだったらいーけど……」

「うん、その通り。 $m - n$ がいつも僕たちの数になるとは限らないわけだね。 もっといえば、 $m - n$ が《ノイマンの方法》で唯一に定まることも証明しないといけないけど……」

ユーリ「だから、《$m < n$ のときは $m - n$ は決まらない》ってことでしょ? マイナスになっちゃうから」

「ええと、そうなんだけど、それをいうのにも準備がいる」

ユーリ「何の話?」

「いや、いま僕たちは数を作ろうとしてるわけだろ? 《足し算》や《引き算》も、 自分で作っている。だとしたら、 $$ m < n $$ のような《大小関係》も集合を使って定義しないとつまらない」

《ノイマンの方法》で作った数 $m, n$ に対して、 $$ m < n $$ を集合を使って定義しよう。

ユーリ「はぁ? 大小関係も作るの? 作れるの? 作っちゃうの? そこまでやるかー!」

「うん、でもこれは簡単だよ。だって、ほら、僕たちが考えている数は、 こういうものだろ?」

《ノイマンの方法》による数

$$ \begin{align*} 0 &= \{\,\} \\ 1 &= \{\,0\,\} \\ 2 &= \{\,0,1\,\} \\ 3 &= \{\,0,1,2\,\} \\ 4 &= \{\,0,1,2,3\,\} \\ 5 &= \{\,0,1,2,3,4\,\} \\ & \vdots \\ \end{align*} $$

ユーリ「そーだけど?」

「だったら、 $m < n$ は、集合の言葉を使って定義できるよ。簡単だよ」

ユーリ「むむ、カンタンとな?」

「そうだよ。簡単。たとえば具体的に考えてみればいい。《例示は理解の試金石》」

ユーリ「具体的に考える……ってゆーのは、 $3 < 5$ とか?」

「そうそう。 $3 < 5$ は成り立ってほしいね」

ユーリ「《ノイマンの方法》だと、 $$ \begin{align*} 3 &= \{ 0, 1, 2 \} \\ 5 &= \{ 0, 1, 2, 3, 4 \} \\ \end{align*} $$ だよね。 $\{ 0, 1, 2 \}$ のことを $3$ と呼んで、 $\{ 0, 1, 2, 3, 4 \}$ のことを $5$ と呼んで……」

「うん。だから、 $\{ 0, 1, 2 \}$ と $\{ 0, 1, 2, 3, 4 \}$ のあいだに成り立ちそうな関係をうまく見つけ出せばいい」

ユーリ「ぜんぶ入ってる……とか?」

「そうだね! 集合の言葉を使うなら『集合 $\{ 0, 1, 2 \}$ は、集合 $\{ 0, 1, 2, 3, 4 \}$ に含まれている』という。 あるいは、『集合 $\{ 0, 1, 2 \}$ に属している要素はいずれも、 集合 $\{0, 1, 2, 3, 4 \}$ に属している』といえるわけだ。 $0$ も、 $1$ も、 $2$ も、ぜんぶね」

ユーリ「うん」

「そしてこのことは『集合 $\{ 0, 1, 2 \}$ は、集合 $\{ 0, 1, 2, 3, 4 \}$ の部分集合である』というんだよ。 記号で書けば $\subset$ だね」

ユーリ「ぶぶんしゅうごう」

部分集合

集合 $A$ に属している要素がいずれも、集合 $B$ に属しているとする。 このとき『$A$ は $B$ の部分集合である』と呼び、 $$ A \subset B $$ と書く。

たとえば、 $$ \{ 0, 1, 2 \} \subset \{ 0, 1, 2, 3, 4 \} $$ である。

「部分集合はわかった?」

ユーリ「うん。カンタンだよ。で?」

「じゃ、ちょっとクイズ。 $A$ は $A$ の部分集合といえるか?」

クイズ

集合 $A$ は、集合 $A$ の部分集合であるといえるか。

ユーリ「同じ集合ってこと?」

「そう。集合 $A$ は、自分自身である集合 $A$ の部分集合になっているか?」

ユーリ「部分集合だから、じゃなくて、定義を……わかった! なってる。 $A$ は $A$ の部分集合だ!」

「はい、正解です。えらいえらい! どうしてそう思った?」

ユーリ「だって、 $A$ の要素はぜんぶ $A$ の要素だもん。ぜんぶ入ってればいーんでしょ?」

「その通り。集合 $A$ に属している要素がいずれも、集合 $B$ に属していれば、 $A$ は $B$ の部分集合であるといえる。 $A$ の要素はもちろん $A$ に属している。だから、『$A$ は $A$ の部分集合である』といえる。論理的だね」

クイズの答え

集合 $A$ は、集合 $A$ の部分集合であるといえる。

ユーリ「ちょっと待って。 $A$ が空集合 $\{\}$ のときもいえるの? 要素が一つもないよ」

「うん、いえるよ。空集合は空集合自身の部分集合といえる。 $$ \{\} \subset \{\} $$ は成り立っている」

ユーリ「それって、論理的にそーなるの? 要素、ひとつもないのに?」

「そうだね。《すべて》という表現を《存在する》に言い換えると納得がいくかも。
  《集合 $A$ に属している要素はすべて、集合 $B$ に属している》
というのは、いいかえると、
  《集合 $B$ に属していない集合 $A$ の要素は、ひとつも存在しない》
ということだから。集合 $A$ と集合 $B$ の両方とも空集合だとすると、 確かに、
  《集合 $B$ に属していない集合 $A$ の要素は、ひとつも存在しない》
といえるよね」

ユーリ「ぐぬぬ。なるほど……」

「だから、空集合というのは、どんな集合に対しても部分集合になっているともいえる」

$$ \{\,\} \subset A $$

ユーリ「……もともと、要素がひとつも存在しないから?」

「そういうこと」

ユーリ「空集合って不思議……」

「そうだね。ところで、大小関係に話を戻すと、 《ノイマンの方法》で作った数の $m < n$ という大小関係は、 集合の言葉を使ってこう定義できる」

大小関係を作ろう(その1)

《ノイマンの方法》で作った、異なる二つの数 $m, n$ に対して、大小関係 $<$ を、 $$ m < n \qquad \Longleftrightarrow \qquad m \subset n $$ として定義する。

ユーリ「……」

「どうした? これなら、 $\{ 0, 1, 2 \} \subset \{ 0, 1, 2, 3, 4 \}$ が成り立っているから、 ちゃんと期待通りに $3 < 5$ が成り立つように、大小関係 $<$ が定義できてるよね」

ユーリ「ちがうこと、考えてんの!」

「……?」

ユーリ「いまお兄ちゃん、さらっと《異なる二つの数 $m, n$》っていったよね。 なんでわざわざ《異なる》って条件付けたかを考えてんの」

「めざといな……で、わかった?」

ユーリ「わかった。 《異なる》って条件付けないと、 たとえば、 $3 \subset 3$ だから、 $3 < 3$ になっちゃう。それ困る」

「その通り!」

ユーリ「《集合 $A$ は集合 $A$ の部分集合になる》っていったばかりじゃん」

「そうだね。《異なる》という条件を付けなかったら、 $m \subset n$ は $m \leqq n$ だといえばいいかな。 等号付きでね」

大小関係を作ろう(その2)

《ノイマンの方法》で作った(等しいかもしれない)二つの数 $m, n$ に対して、大小関係 $\leqq$ を、 $$ m \leqq n \qquad \Longleftrightarrow \qquad m \subset n $$ として定義する。

また、大小関係 $<$ を、 $$ m < n \qquad \Longleftrightarrow \qquad m \subset n \,\REMTEXT{かつ}\, m \neq n $$ として定義する。

ユーリ「ふんふん。ナットク」

「それから……」

ユーリ「あ、ちょっと待って。 $m \neq n$ って定義したっけ?」

「ああ、してないね。《$m \neq n$》は《$m = n$ ではない》として定義できる」

ユーリ「待って待って。 $m = n$ って定義したっけ?」

「それも、してないね。《$m = n$》は《$m \subset n\,\REMTEXT{かつ}\,n \subset m$》として定義できる」

ユーリ「すごい!……ねーお兄ちゃん。こういう $<$ や $\subset$ みたいな記号って、誰が決めてんの?」

「誰が……って、歴史的に、少しずつ数学者が決めてきたんだと思うよ。 本や論文を通してね。新しい考え方、新しい方法ができるたびにその表記方法を考える。 それから、同じ概念に対してもよりわかりやすい表記方法を考えることもある」

ユーリ「ユーリも決めていいの? 自分で」

「え? まあ、決めていいよ。自由に決められる。登録も申請もいらない。 誰かの許可をもらう必要もない」

ユーリ「数学ナントカ団体の許可とかいらないの? 数学記号選定委員会とか」

「そんなのないよ。いや、あるのかな……。 ともかく、ユーリが自分で定義して自分で使う分にはどんな書き方をしてもいいよ。 でも、それが他の人にとってわかりやすいとは限らないけどね。 それから、他の人がそれを使ってくれるとも限らない。 何かおもしろいこと思いついたの?」

ユーリ「ん、てゆーかね、 $m \leqq n$ を $m \subset n$ で定義するの、まちがえやすいって思ったの。 だって、 $\leqq$ には $=$ がついてるけど、 $\subset$ には $=$ がついてないじゃん! もしもユーリが記号を決めるられら……決められるなら、 部分集合は $\subset$ じゃなくて、 $\subseteqq$ って記号にするにゃあ」

「ああ、そうだね。確かにそれはまぎらわしい。 実際、部分集合を表す記号は $\subset$ だけど、まったく同じ意味で $\subseteq$ や $\subseteqq$ と書く人もいるよ。 ユーリのように考える人もいるってことだね。 でも、本に出てくるときにはどんな意味で使うかは書かれているものだから」

マイナスの数へ

ユーリ「えーと、そろそろ?」

「そろそろ?」

ユーリ「《引き算》ができないのはつまんないじゃん! マイナスの数も作れるんでしょ?」

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(2016年4月22日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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