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第156回 シーズン16 エピソード6
36分の18を作ろう(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。

$ \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\LOOKSLIKE}{\quad\longleftrightarrow\quad} \newcommand{\TR}[1]{\langle#1\rangle} $

図書室にて

ここはの高校。いまは放課後。図書室でテトラちゃんが数についておしゃべりをしている(第155回参照)。


そこへ、ミルカさんもやってきた。

ミルカ「今日はどんな話?」

テトラ「あ、ミルカさん! 今日は《数を作る》という話をしていたんです」

ミルカ「数を作る?」

テトラ「はい、そうです。 《順序対で整数を作る》。《順序対で有理数を作る》。 そして《順序対で複素数を作る》という話ですっ!」

「それで……確かに、テトラちゃんが言うように、 二つの実数 $a,b$ の順序対を使って複素数は作れるけれど、 それってちょっと違うよね」

《複素数 $a+bi$ を実数 $a,b$ の順序対 $(a,b)$ で表す》

$$ a+bi \LOOKSLIKE (a,b) $$

テトラ「え、何がですか?  《二つの整数の順序対 $(a,b)$ を使って有理数を作る》のと、 《二つの実数の順序対 $(a,b)$ を使って複素数を作る》のはぴったり同じですよ!」

ミルカ「ふうん……きみは、何を気にしているんだろう。同値類?」

「そうなるのかな……有理数を作るときには、 《整数の順序対全体の集合》を同値関係で割ったよね。 そして、《比が等しい順序対の集合》を一つの有理数だと見なした」

《有理数 $\dfrac{m}{n}$ を整数 $m,n$ の順序対 $(m,n)$ の集合で表す》

$$ \begin{array}{rcl} & \vdots & \\ \dfrac23 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,(-4,-6),(-2,-3),( 2, 3),(4,6),(6,9),(8,12),\ldots \bigr\} \\ 0 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,( 0,-3),( 0,-2),( 0,-1),(0,1),(0,2),(0,3),\ldots \bigr\} \\ \dfrac12 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots \bigr\} \\ & \vdots & \\ \end{array} $$

テトラ「ええと、はい、集合を数と見なしたんですよね。 《比が $\frac12$ に等しい》という旗の下に集まった同盟軍を《有理数 $\frac12$》と見なします」

「同盟軍って……まあ、そうだね。 それはいいんだけど、複素数を作るときには、 順序対がそのまま複素数と見なせるよね。集合を作らずに、 $(a,b)$ を $a+bi$ と見なせばいいんだから。 つまり《実数の順序対の集合》を同値関係で割ったりはしていない。その点は違うんじゃないかなあ」

テトラ「ははあ……そうなんですか?」

ミルカ「君の主張は厳密には正しくない。 というか、正しいとも正しくないともいえない。 なぜなら、複素数も《実数の順序対の集合》を同値関係で割って作ると見なすことができるから。 つまり、 $$ (a, b) \sim (c, d) \Longleftrightarrow a = c \land b = d $$ という同値関係 $\sim$ で割ればいい。それほど同値類を作ることにこだわるなら」

「ん? それって……」

ミルカ「自明な同値関係。順序対同士が《等しい》という関係だよ」

「それでいいのか。でも、その場合、同値類は?」

ミルカ「同値類はすべてシングルトンになる。すなわち要素を一つしか持たない集合に。いくつか例を出そう」

《複素数 $a+bi$ を実数 $a,b$ の順序対 $(a,b)$ の集合で表す》

$$ \begin{array}{rcl} & \vdots & \\ 2 + 3i & \longleftrightarrow & \bigl\{ (2,3) \bigr\} \\ 0 & \longleftrightarrow & \bigl\{ (0,0) \bigr\} \\ 1 - 2i & \longleftrightarrow & \bigl\{ (1,-2) \bigr\} \\ & \vdots & \\ \end{array} $$

テトラ「す、すみません……何の話になってるんでしょうか?」

ミルカ「さっきのテトラの比喩を借りるなら、 《$(1,-2)$ という順序対に等しい》という旗の下に集まった同盟軍を《複素数 $1-2i$》と見なすという意味。そのような順序対は $(1,-2)$ しかないけれど。 たった一人の同盟軍ということになる」

テトラ「はあ……」

ミルカ「だがこれは、彼が『順序対の集合を同値関係で割る』ことにこだわったから気にしたまでのこと。 それよりも気になることがある。《数を作る》ときのギャップだ」

ギャップを埋めよう

「ギャップ?」

テトラ「といいますと」

ミルカ「こういうこと」

  • 《$0,1,2,\ldots$ の順序対》で《整数》を作る(第153回参照)(第154回参照
  • 《整数の順序対》で《有理数》を作る(第155回参照
  • 《実数の順序対》で《複素数》を作る

ミルカ「このストーリーには、どう見てもギャップがある。《実数》を作っていない」

「いや、それは気付いてたよ、ミルカさん。 でも《有理数》の順序対では、どうにも《実数》は作れそうにない」

ミルカ「ふうん……」

テトラ「やっぱり、実数は無数にあるから大変なんでしょうか……」

「いやいや、テトラちゃん。そんなこといったら整数だって無数にあるし。 無数にあることは確かに無限に関係するから難しいけれど、 実数の難しさはそれとは違うと思うよ」

テトラ「あっ、すみません。あたしも整数が無数にあることはわかっています。 あたしが言いたかったのは、実数は、狭い範囲に無数にあるから……ということなんです」

「狭い範囲って?」

テトラ「たとえば、 $0 \leqq x \leqq 1$ という範囲があったとしますよね。 $0$ 以上、 $1$ 以下の範囲です。この範囲には整数は $0$ と $1$ の二つしかありません。範囲の両端です。 でも、この狭い範囲に、実数は無数に……ぎっしり詰まっています。 実数を取り扱うのは、だから難しくなるんじゃないでしょうか。 狭い範囲にぎっしり詰まっているものを作ることになるんですから」

「テトラちゃん、それは違うよ」

ミルカ「テトラは正しいが、誤解している」

「え?」

テトラ「はい?」

ミルカ「テトラが考えているのは稠密(ちゅうみつ)という概念のように聞こえる」

稠密

テトラ「稠密……といいますと」

ミルカ「$0$ 以上 $1$ 以下に限らない。どんなに狭い範囲を取っても、 その範囲に無数の数が存在するという性質を稠密と表現する。 $0 \leqq x \leqq 1$ でも、 $0 \leqq x \leqq 0.1$ でも、たとえ、 $$ 0 \leqq x \leqq 0.00000000001 $$ でも、その範囲に実数 $x$ は無数に存在する。テトラが言いたいのはそういうこと?」

テトラ「はいっ! そうです。その通りです。それは正しいですよね?」

ミルカ「正しい。しかし、それは実数に固有な性質ではない。 なぜなら、有理数もまったく同じ性質を持っているからだ。 テトラはそのことを忘れていないか」

テトラ「有理数も同じ性質を持っている?」

ミルカ「そう。どんなに狭い範囲を選んでも、その範囲に有理数は無数に存在する。 狭い範囲という表現は誤解を招くから、きちんといおう。 有理数はこういう性質を持つ」

有理数全体の集合は稠密である

有理数 $a,b$ が $a < b$ を満たすならば、 $$ a < c < b $$ を満たす有理数 $c$ が存在する。 このことを有理数全体の集合は稠密であるという。

テトラ「ああ、確かにそうですね。確かに有理数はこういう性質があります」

ミルカ「証明はできる? 有理数全体の集合は稠密であることの証明」

テトラ「証明……?」

ミルカ「いまテトラは『確かにそうですね』と言った。 そのときに頭によぎったことをいえばいい。恐らくそれが証明になっている」

「ああ、できるね」

テトラ「あたしの頭によぎったことというのは……こうです。 有理数 $a,b$ があって、 $a < b$ が成り立っているときに、 $a < c < b$ という $c$ が存在するかな? と考えました。 つまり、これは『$a$ と $b$ のあいだに有理数があるか?』という質問ですよね。 《例示は理解の試金石》を使って具体例で考えました。 たとえば『$0$ と $1$ のあいだに有理数はあるか?』という質問になります。 もちろんあります!  $\dfrac{1}{2}$ がありますから」

ミルカ「ふむ。そして?」

テトラ「はい、そしてすぐに、どんな有理数 $a,b$ でも、そのあいだに有理数は見つかる! と思いました。 だって、いま $0$ と $1$ から $\dfrac12$ を求めたように両端の平均を取ればいいんですから。 $\dfrac{a+b}{2}$ です」

「それで証明ができてるよね。 一般的な $a,b$ に対して $c = \dfrac{a+b}{2}$ をとればいい」

ミルカ「そう、後はその $c$ が確かに $a < c < b$ を満たしていることと、 $c$ が確かに有理数になることを主張すれば証明は終わる」

「それはそうか」

ミルカ「話を戻そう。だから、《稠密である》というのは実数固有の性質ではない。 実数全体の集合は稠密だが、有理数全体の集合も稠密だ」

テトラ「そうなんですね……」

ミルカ「ふだん私たちが使っている実数は便利だけれど、改めて考えると難しい」

別のパターン

「ちょっと待って。 有理数の順序対で実数を作るのはどうすればいいかわからないけど、 違うことに気付いたよ。 $p,q$ を有理数として、 $$ p + \sqrt{2}q $$ という数を考えることができる。 これは試験にもよく出てくるパターンになってる数だよ」

ミルカ「ふむ」

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(2016年5月13日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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