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第182回 シーズン19 エピソード2
古代エジプトの数学(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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双倉図書館にて

ユーリは双倉図書館(ならびくらとしょかん)で開催されているイベント《いにしえの数学》にやってきた。


このイベントでは、さまざまな国の、古い時代の数学についてパネルが展示されている。


ユーリはヒエログリフで書かれた乗算についてのクイズを解いたところ。

「だから、このクイズに出てきた古代エジプトの掛け算では、 《数を $2$ 倍する》という計算と《数を足し合わせる》という計算を使って、掛け算を作り出していたことになるね。 それにしても、二進法を使って考えられるとは思わなかったなあ!」

ユーリ「ほんとだね! ……あれ?」

「何かおかしい?」

ユーリ「古代エジプトの話はいーけど、ユーリたちが掛け算するときは、どーなってんの?  二進法なんて使ってないよね」

「うん、筆算で掛け算するときを考えると……まず《九九を使って一桁同士の掛け算》はできる。 そして、《桁をずらす》ことで $10$ 倍の計算をしていることになるね」

ユーリ「えっと……《けたをずらす》って?」

「たとえば、僕たちが $123\times45$ を筆算で計算するとこうなるよね、ユーリ。」

$123\times45$ を筆算で計算する


ユーリ「ああ……《桁をずらす》ってゆーのは、 $492$ のこと?」

「そうそう。筆算の途中で出てくる $492$ は《四百九十二》を表しているわけじゃなくて、 《四千九百二十》を表している。つまり、 $4920$ のこと。だから、あえて $0$ を書いたとしても、 正しい計算になってる」

$123\times45$ を筆算で計算する($0$ を明示的に書いた)


ユーリ「ふんふん。言われてみればそーだね」

「僕たちが使っている《十進法》と《位取り記数法》の組み合わせだと、 ひとつ《桁をずらす》ことが $10$ 倍の計算をしているのと同じことになる。 《$10$ 倍の計算》ってたいへんそうに見えるけれど、 《桁をずらす》だけでできるということがわかる」

ユーリ「えー?  $10$ 倍って楽だよ。《最後に $0$ を付けるだけ》でいいじゃん」

「そこ! そこだよ。 $0$ を付けるだけで $10$ 倍の計算ができるっていうのが、《位取り記数法》の便利なところといえる。 古代エジプトでも十進法だけど、位取り記数法にはなっていない。 だから、古代エジプトでは $10$ 倍の計算をするのは《桁をずらす》ほど単純にはならないんだね。 だって、たとえば $1$ を $10$ 倍したら、別の文字になってしまうんだから」

《$1$ と $10$》


ユーリ「そっか……数の書き方で、計算が楽になったり大変になったりするってこと?」

「そうだね」

ユーリ「なーるほど……ところで、さっきの筆算だけど、 これって、 $4920$ になるのは、 $123\times45$ を計算するときの途中で、 $123\times40$ を計算してるからだよね?」

「ああ、そうだね。うん、だから、僕たちが筆算するときには、こんな性質を使っていることになる」

$$ \begin{align*} 123 \times 45 &= 123 \times (5 + 40) && \REMTEXT{$45$を$5 + 40$に分解}\\ &= (123 \times 5) + (123 \times 40) && \REMTEXT{$123\times5$と$123\times40$に分解} \\ &= 615 + 4920 && \REMTEXT{積をそれぞれ計算} \\ &= 5535 && \REMTEXT{和を計算} \\ \end{align*} $$

ユーリ「ふーむふむふむ!」

「《三桁×二桁》の計算を、《三桁×一桁》の計算に帰着させていたってことだね」

ユーリ「きちゃく?」

「難しいことを、より易しいことを使って表せたという意味」

ユーリ「ふーん」

「もっというなら、筆算では《一桁×一桁》に帰着させているよ。筆算をこんなふうにやってみればわかる」

$123\times45$ を筆算で計算する(一桁×一桁で書いた)


ユーリ「うわめんど!」

古代エジプトの分数

「あっちのパネルも見てみようよ」

ヒエログリフで書いた $\frac12$


ユーリ「これ、分数ってこと?」

「そうだね。 これは $\frac12$ を表すヒエログリフみたいだ」

ユーリ「そんで、こっちは $\frac23$」

ヒエログリフで書いた $\frac23$


「解説によると『古代エジプトでは単位分数または $\frac23$ が基本的なものとして扱われた』とあるよ」

ユーリ「たんいぶんすう」

「単位分数っていうのは、分子が $1$ になっている分数だよ。たとえば、 $\frac12,\frac13,\frac14,\ldots$ はぜんぶ単位分数だね。 $\frac23$ は分子が $2$ だから、単位分数じゃない」

ユーリ「あ、こっちのパネルに書いてある!」

ヒエログリフで書いた $\frac13,\frac14,\frac15$


「なるほど」

ユーリ「何がなるほど?」

「ほら、雲か卵みたいに細長い丸の下に数が書いてあるよね。ヒエログリフでいう $3,4,5$ だ。 だから、整数 $n$ のうえに雲を書くと、それが $\frac1n$ を表しているんだね。ほら、こっちのパネルに対応表がある」

$3,4,5$ と $\frac13,\frac14,\frac15$ の対応


ユーリ「ほほー」

「じゃあ、次のパネルを見てみようか」

ユーリ「ちょーっと待った! お兄ちゃん! この雲の下に $n$ を書くと $\frac1n$ になるんでしょ?」

「そうだね」

ユーリ「さっき、 $\frac23$ でも、雲みたいなの出てきてたよ? これこれ!」

ヒエログリフで書いた $\frac23$


「?」

ユーリ「だーかーらー、この雲の下の二本線にも意味があるんじゃないの?」

「$\frac23$ は単位分数じゃないよ」

ユーリ「いやいや、お兄ちゃん。待ってよ。 $\frac23$ って、何分の $1$ ?」

「……?」

ユーリ「えーと、 $\frac23$ って、《$2$ 分の $3$》分の $1$ だよね?!」

$$ \frac23 = \dfrac{1}{\tfrac32} $$

「そうか!  $\frac32 = 1 + \frac12$ だなあ! 雲の下の二本線は、 $1+\frac12$ を表しているのかも! ユーリ、賢いぞ!」

ユーリ「もしかして、ユーリ、世紀の発見しちゃった?」

「すごいかも!」

ユーリ「……ありゃ? お兄ちゃん、ごめん。違うみたい。下に解説が書いてある」

$\frac23$ について


Griffithは、 ヒエログリフで書かれた $\frac23$ の《短い方の線》が《長い方の線》の半分の長さしかないのを見て、 これは $1 \div 1\frac12$ を象徴的に表していると考えた。 しかし、現在ではこの二本線は、もともと同じ長さだったことがわかっており、 Griffithの考えは、正しいとしてもエジプトの末期にしか通用できない。


※参考文献『リンド数学パピルス』より引用(一部修正あり)

「……」

ユーリ「……」

「難しいもんだね」

ユーリ「大発見だと思ったんだけどにゃあ……」

和で表す

「こっちのパネルには分数の表し方が書いてある」

分数の表記


古代エジプトでは、分数を「整数」「分母の異なる単位分数」「$\frac23$」の和で表しました。 たとえば、 $$ \frac2{15} = \frac{1}{10} + \frac{1}{30} $$ のようにします。実際には $+$ を使わず、 $\frac{1}{10}$ と $\frac{1}{30}$ をただ並べます。 つまり、 $\frac{2}{15}$ は、以下のように表します。


ユーリ「へー。めんどくさいね」

「こっちにクイズのパネルがあるよ」

クイズ


古代エジプトでは、分数 $\frac{3}{5}$ を、 $$ \frac{3}{5} = \frac13 + \frac15 + \frac1{15} $$ と考えました。 $\frac{3}{5}$ を表す数をヒエログリフで書きましょう。

ユーリ「あ、三つのこともあるんだ」

「これは難しくないなあ」

ユーリ「できたできた」

クイズ


古代エジプトでは、分数 $\frac{3}{5}$ を、 $$ \frac{3}{5} = \frac13 + \frac15 + \frac1{15} $$ と考えました。 $\frac{3}{5}$ を表す数をヒエログリフで書くと、


のようになります。

リンドパピルスに挑戦!

「あっちに人だかりがしている」

ユーリ「でっかいパネルがある! お兄ちゃん、早く行こーよ!」

ユーリは古代エジプトのコーナー最後にある大きなパネルのところにやってきた。

「チャレンジクイズだって。リンドパピルスの問題24に挑戦?」

チャレンジクイズ


この図は、リンドパピルスの問題24を解いている様子をヒエログリフで書いたものです。 いったいどんなふうにして解いているのでしょうか。解読してください。


問題24の問題文は以下の通り。


ある《量》に、その《量》の $\frac17$ を加えたら、 $19$ になるという。ある《量》を求めよ。

PDF形式

「これは……大きな図だなあ」

ユーリ「おもしろそー! お兄ちゃん、解こーよ! 謎の暗号、解読したーい!」

「そもそも、この問題24の答えは何になるんだろう。 それがまずヒエログリフで書かれた解法のヒントになるんじゃないかなあ?」

問題24


ある《量》に、その《量》の $\frac17$ を加えたら、 $19$ になるという。ある《量》を求めよ。

ユーリ「これ、ユーリでも解けるよ。《量》を $x$ とするんでしょ? で、 $x + \frac{x}{7} = 19$ を解く」

$$ \begin{align*} x + \frac{x}{7} &= 19 && \REMTEXT{問題文から方程式を作った} \\ x \times \left(1+\frac{1}{7}\right) &= 19 && \REMTEXT{$x$でくくった} \\ x \times \frac{8}{7} &= 19 && \REMTEXT{分数を計算した} \\ x &= 19\times\frac{7}{8} && \REMTEXT{両辺に$\frac78$を掛けた} \\ x &= \frac{133}{8} && \REMTEXT{$19 \times 7$を計算した} \\ \end{align*} $$

「……」

ユーリ「だから、答えは $\frac{133}{8}$ ってこと!」

「そうだね。僕たちだったらそう解くけど……」

ユーリ「あそこにチャレンジクイズ用のプリントが置いてあるみたい。 謎の暗号、解読してみよっ!」

ユーリはチャレンジクイズ用のプリントを手にして、 近くの机に向かう。 そこには《いにしえの数学》イベントに来た人たちが同じようにヒエログリフに取り組んでいた。

「プリントは、四枚あるね」

ユーリ「そーみたい。A,B,C,Dだって」

チャレンジクイズの四枚のプリント(A,B,C,D)


「じゃあ、順番に考えていくか」

ユーリ「うん! これがプリントAだね」

プリントA

プリントA(ヒエログリフ)


「まずは、ヒエログリフを僕たちの書き方に直してみると」

ユーリ「『ははあ、ははあ……読める! 読めるぞ!』」

「ムスカ大佐の真似はいいから」

ユーリ「ちぇ。ムード出してんのに」

プリントA(ヒエログリフを書き直した)


「なるほど。プリントAは、《一行目が $1,7$》で、 《二行目が $\frac17, 1$》か……これは整数の掛け算と似ている計算方法じゃない?」

ユーリ「よくわかんない」

「一行目は $1,7$ だろ? この両方を $7$ で割ると、二行目の $\frac17,1$ が出てくる」

ユーリ「それはユーリもわかるけど、なんでそんな計算すんの?」

「うーん…… ほら、この二行とも左に「\」の印が付いているよね。 整数の掛け算のときのルールから考えると、 印が付いたのを加えるというルールがあったから、 ここでも和を作るんだよ、きっと」

ユーリ「ふんふん。 $1 + \frac17$ を計算する……これ、さっき出てきた! ほら、 $x$ でくくったときのコレ!」

$$ \begin{array}{rclll} &\vdots& \\ x \times \left(1+\dfrac{1}{7}\right) &=& 19 &\quad& \REMTEXT{$x$でくくった} \\ &\vdots& \\ \end{array} $$

「確かに。 整数の掛け算のときを思い出すと、このプリントAでやっていることは、 $$ 7 \times \left(1 + \frac17\right) $$ という掛け算に相当するね。結果は、プリントAの右側に書かれている $7$ と $1$ を縦に加えて $8$ か……」

プリントA(解読)


ユーリ「それって、 $$ x \times \left(1 + \frac17\right) $$ の代わりに、 $$ 7 \times \left(1 + \frac17\right) $$ という計算をしたってこと?  $x$ を求めるんじゃなくて、勝手に $7$ とか決めちゃって?」

「そう見えるねえ……これだけじゃなんとも言えないから、メモだけして、プリントBに行こうか」

僕とユーリの推理(1)


プリントAでは $$ 7 \times \left(1 + \frac17\right) $$ という掛け算をしているようだ(答えは $8$)。

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(2017年1月20日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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