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第230回 シーズン23 エピソード10
無限級数と歩む(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

$ \newcommand{\FBOX}[1]{\fbox{ $#1$ }} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\NEQ}{\neq} \newcommand{\EPSLN}{\varepsilon} \newcommand{\DLT}{\delta} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\PS}[1]{\left(#1\right)} $

図書室でテトラちゃんは《自然対数の底 $e$ は無理数である》ことの証明を終えたところ。

テトラ「先輩、ひとつ質問があります。 先ほど、部分分数分解の検討をなさいましたよね(第229回参照)」

「そうだね。計算すればわかる通り、 $$ \frac{1}{(n+1)(n+2)} = \frac{1}{n+1} - \frac{1}{n+2} $$ という式は成り立つんだけど、 今回の《自然対数の底 $e$ は無理数である》の証明には使えなかった。 数学の問題を考えているときにはこういうことはよくあるし、それはしょうがないんだ。 正解に一発でたどりつけるとは限らないから、どうしても試行錯誤が入ってしまう。 それに……」

テトラ「は、はい。 それはテトラも理解しています。 あたしが気になったのは、 《ばさばさっと項が相殺(そうさい)して消えることがある》というお話です。 今回の証明では使わないとのことですが、その《相殺》について教えていただけますか」

「ああ、その話? もちろんいいよ。 部分分数分解に限らない、簡単な話だよ。 こういう形の和を求めるとき、 テトラちゃんだったらどうする?」

$$ (a_1 - a_0) + (a_2 - a_1) + (a_3 - a_2) + \cdots + (a_n - a_{n-1}) $$

テトラ「はい。 $a_1$ と $-a_1$ を足したら $0$ で、 $a_2$ と $-a_2$ を足したら $0$ で……と続くので、最後に $a_n$ だけが残りますね」

「$a_n$ と $-a_0$ だね」

テトラ「あっと、そうでした。最初の $-a_0$ を消してくれる人はいませんから。 ですから、この和は $a_n - a_0$ になります」

$$ \begin{align*} & (a_1 - \FBOX{a_0}) + (a_2 - a_1) + (a_3 - a_2) + \cdots + (\FBOX{a_n} - a_{n-1}) \\ &= a_n - a_0 \\ \end{align*} $$

「そうだね。僕が《相殺》と表現したのは、 いまテトラちゃんが言った《$a_1$ と $-a_1$ を足したら $0$》という部分のことだよ。 一般的には $k = 1,2,\ldots,n-1$ に対して《$a_k$ と $-a_k$ を足したら $0$》だってことだね。 これは《和の順序を変える》とも表現できるよ」

$$ \begin{align*} & (a_1 - a_0) + (a_2 - a_1) + (a_3 - a_2) + \cdots + (a_n - a_{n-1}) \\ &= (-a_0 + a_1) + (-a_1 + a_2) + (-a_2 + a_3) + \cdots + (-a_{n-1} + a_n) \\ &= -a_0 + (a_1 - a_1) + (a_2 - a_2) + \cdots + (a_{n-1} - a_{n-1}) + a_n \\ &= -a_0 + a_n \\ &= a_n - a_0 \\ \end{align*} $$

テトラ「《和の順序を変える》……なるほどです」

「《和の順序を変える》のはすごく便利だけど、安心して使えるのは項が有限個のときだけだよ。 項が無数にあるときには《和の順序を変える》ことは一般にはできない」

テトラ「そうなんですか。項が無数にあるとき……?」

「たとえば、こんな和を考えてみればわかるよ」

$$ 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots $$

テトラ「……これは、この式の和は $0$ ではないんでしょうか?」

「テトラちゃんはどうしてそう思ったの?」

テトラ「こんなふうにまとめて考えました。 $$ \begin{align*} & 1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots \\ &= (1 - 1) + (1 - 1) + (1 - 1) + \cdots && \REMTEXT{?} \\ &= 0 + 0 + 0 + \cdots \\ &= 0 \end{align*} $$ のようにまとめたら、 $0$ を無数に足すことになりますよ。 $0$ はいくら足しても $0$ なのではないんでしょうか?」

「うん、そう考えたくなるよね。じゃあ、こんなふうにまとめたら?」

$$ \begin{align*} & 1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots \\ &= 1 + (-1) + 1 + (-1) + 1 + (-1) + \cdots \\ &= 1 + (-1 + 1) + (-1 + 1) + (-1 + 1) + \cdots && \REMTEXT{?} \\ &= 1 + 0 + 0 + 0 + \cdots \\ &= 1 \\ \end{align*} $$

テトラ「あっ! これだと $1$ になってしまいますね……」

「だから、無限個の和を考えるときには十分に注意が必要になるんだよ」

テトラ「結局、 $1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots$ の値は何になるんでしょうか」

「値は求められない。値は決まらないから」

テトラ「値が決まらない! そういうのもあるんですか!」

「そうだね。これもまたテンテン($\cdots$)に惑わされる話題の一つだね。 式で書けるからといって値が決まるわけじゃない。そもそも、 $$ 1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots \\ $$ という式が何を表しているかを考える必要があるんだ」

テトラ「この式が何を表しているか? この式は、 $1$ と $-1$ を交互に足していくのを《無限に続ける》という意味ではないんでしょうか」

「そこ! その《無限に続ける》がくせものだよね。 $1$ と $-1$ を交互に足していくのはいいとして、 それを《無限に続けたときの値》というのは何か。それをどう定義するか。 それを明確にしてくれるのが極限になる」

テトラ「ははあ……」

「僕たちは有限和なら安心できる。たとえば $n = 0,1,2,\ldots$ として、こんな有限和を $A_n$ としよう」

$$ A_n = 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots + (-1)^{n} = \sum_{k=0}^{n} (-1)^{k} $$

テトラ「はい。これはわかります。 $(-1)^0 = 1, (-1)^1 = -1, (-1)^2 = 1, (-1)^3, \ldots$ で交互に $1,-1,1,-1,\ldots$ が出てきますので、 $A_n$ はこうなります」

$$ \begin{align*} A_0 &= 1 = 1 \\ A_1 &= 1 - 1 = 0 \\ A_2 &= 1 - 1 + 1 = 1 \\ A_3 &= 1 - 1 + 1 - 1 = 0 \\ &\vdots \\ \end{align*} $$

「そうだね。そして、僕たちが調べようとしていた $1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots$ という式は、 $n \to \infty$ のときの $A_n$ の極限として定義されるんだ」

$$ 1 - 1 + 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots = \lim_{n \to \infty} A_n $$

テトラ「極限として定義……」

「さっきテトラちゃんが具体的に書いてくれたように、 $A_0, A_1, A_2, A_3, \ldots$ という数列は、 $1, 0, 1, 0, \ldots$ のように、 $1$ と $0$ の二つの値を振動する数列になる。 ということは、 $n \to \infty$ で $A_n$ の極限値は存在しない。 $A_n$ が限りなく近づく値は存在しないから」

テトラ「極限値は存在しない! なるほど……あたし、いまの先輩のお話でわかった感じがします」

「そう?」

テトラ「はい。あたしは、 $1 - 1 + 1 - 1 + \cdots$ という式ですと、値が決まらないというのがすごく不思議に感じました。 というのは、目の前にちゃんと式として書けているのに値が決まらないなんて不思議! ……と思ったからです」

「うん、そうだよね」

テトラ「でも、 $1 - 1 + 1 - 1 + \cdots$ という式は、 $A_n$ の極限として定義されていると考えるなら、 値が決まらないことがあるのは不思議に感じません」

「へえ、それはおもしろいね。どうしてだろう」

テトラ「あのですね。先ほど $A_0 = 1, A_1 = 0, A_2 = 1, \ldots$ と計算したときにも《あれれ?》と思ったことです。 数列の極限を考えたときに振動したり、無限大に発散したり……そんな体験をしたことがあります。 ですから、《極限を考えるとしたら、値が決まらないことは確かにありそう》と感じるんです」

「ああ、なるほどね」

テトラ「これもまた《定義にかえれ》ですね……」

「というと?」

テトラ「はい。先ほどの式、 $$ 1 - 1 + 1 - 1 + \cdots $$ が何を表しているのか明確にすることが大事だという意味です。 式として書いてあるからといってパッとわかった気になるんじゃなくて、 それがどう定義されているかを自分で確かめる」

「そうだよね。テンテンはまぎらわしい。 $0.999\cdots$ に出てくるテンテンも同じ」

テトラ「ああ、それも極限ですね」

「そうそう」

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(2018年6月29日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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