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第246回 シーズン25 エピソード6
暗記と理解(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩の高校生。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

テトラちゃんは、数学が苦手な中学生ノナについて話していた。

でもそのうちに、テトラちゃんが《大事なこと》を思い出したという(第245回参照)。

テトラ「……あたしたちは《例示は理解の試金石》というスローガンを大事にしています。よね?」

「そうだね、僕たちは《例示は理解の試金石》を大事にしている」

  • 理解したかどうか確かめたかったら、例を作ろう。
  • 例を作ることができたら、理解している。
  • 例を作ることができなかったら、理解していない。

テトラ「あたしはそのスローガンを聞いたときに、すっと納得できました。 あたしは、根気よく書き上げることや、例をたくさん作ることが好きです。 だから、自分のやっていることはまちがっていなかった……そんなふうにうれしくなりました」

「なるほど。そうだね、テトラちゃんは根気よくて粘り強い。 例を作って理解することはとても大事だよね」

テトラ「でも、最近、例をたくさん積み上げるだけでは、乗り越えられない壁があるように感じるんです」

「えっ? どういうこと?」

テトラ「数学ではいろんな定義が出てきます。 これが多項式ですよ。これが関数ですよ、これが微分ですよ……という具合に」

「もちろん、そうだね。数学で定義はとても大事」

テトラ「そしてその定義を理解するために、例を作ることになりますよね。 具体的な多項式、具体的な関数、具体的な微分……いろんな例を作ります」

「うん、うん、それで? それはちっとも悪いことじゃない」

テトラ「そんなふうに例を作ると、自分が定義を理解しているかどうかを試せます。《例示は理解の試金石》です」

「その通りだと思うよ」

テトラ「でも、それだけでは乗り越えられない壁、理解のギャップがあることをよく感じます」

「へえ……《例示は理解の試金石》の弱点ということかな?」

テトラ「弱点というわけではないんですが、あたしが感じる、その乗り越えられない壁っていうのはSo what?という疑問です」

「So what?(だから、何?)」

テトラ「はい。そう思いませんか。数学を勉強して、 新しいことを学びます。具体例を作ることができて、 確かに自分は理解したと感じることがあります。 練習問題も解けるし、テストで点が取れます。 でも《だから、何?》と感じることはよくあります」

「なるほど……」

テトラ「あっと、もちろん、それは『数学が何の役に立つのか』という意味の疑問ではないです」

「うん、テトラちゃんの言いたいことはわかってるよ」

テトラ「問題は解けるから、確かに理解はしていると思うんですが、 でも、So what? ……《どうしてそんなことを考えるのか》……がわからないことがあるんです。 それは、とっても、もどかしいです」

「なるほどね。テトラちゃんがいうもどかしさというのは、 《意味はわかるけど、意義がわからない》ということだよね」

テトラ「それです!」

「あるいは《それのどこに、おもしろいところがあるのか》という疑問?」

テトラ「そうそう、そうです! ……どうして先輩はあたしの言いたいことがわかるんですか」

「僕も、テトラちゃんと同じように感じることがよくあるからだよ、きっと」

テトラ「そうなんですね。 あたしは、いろんなところで引っかかります。 たとえば《多項式の書き方》でも引っかかりました」

「多項式の書き方って何だっけ」

テトラ「$x + 5x^2 + 4x - 2x^2 + 1$ という多項式があったときに、 同類項をまとめて、降冪の順(こうべきのじゅん)に並べて $3x^2 + 5x + 1$ にする話です」

$$ \begin{align*} x + 5x^2 + 4x - 2x^2 + 1 &= (x + 4x) + (5x^2 - 2x^2) + 1 && \REMTEXT{同類項をまとめた} \\ &= 5x + 3x^2 + 1 && \REMTEXT{計算した} \\ &= 3x^2 + 5x + 1 && \REMTEXT{降冪の順にした} \\ \end{align*} $$

「ああ、式の整理の方法のこと」

テトラ「はい、そうです。同類項をまとめて、降冪の順に並べることは、 やり方を理解すればできます。自分で具体例を作ることもできます。 問題が出れば解くこともできます」

「うん。でも?」

テトラ「はい。でも、So what? と心のどこかで思います。 どうしてこんな整理の仕方をするんでしょうか。 こうしなくてはいけないんでしょうか。 他の整理の仕方ではいけないんでしょうか……のように」

「そういえば、テトラちゃんとその話をした記憶があるよ (『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』参照)」

テトラ「はい、確か、ミルカさんもいらっしゃったはずです」

「どんな話になったんだっけ。最高次数を調べるのに便利とか?」

テトラ「それもありますが、多項式の同一性……チェック」

「ああ、なるほど。二つの多項式があったときに、 式の整理をしたあとなら同じ多項式かどうかわかりやすい、みたいな話だね」

テトラ「はい、確かそんな話になりました」

「思い出してきたぞ。多項式の次数を調べるのはなぜかという話もしたよね。 関数のグラフの形が似ているとか何とか……」

テトラ「そうです、そうです。 一次関数、二次関数、三次関数……それぞれのグラフを考えたとき、 同じ次数の多項式が作る関数のグラフ同士は似ています」

「一次関数のグラフは直線になるし、二次関数のグラフは放物線になる」

テトラ「はい、そうです。そしてそこまでわかったとき、 あたしは『なるほど』と思えました」

「へえ……」

テトラ「だって、そうですよね。 関数のグラフはとってもたくさんあります。 無数にあります。でも《一次関数のグラフ》というだけで、 直線であると決まるわけです。それはとてもすごいことなんじゃないでしょうか」

「うん、そうだと思うよ」

そして、そんなふうに表現できるテトラちゃんもすごいよ。

テトラ「だとすると、何次関数なのかを知るのは意味がありますし、 多項式の最高次数を調べることにも意味がありますし、 同類項をまとめて降冪の順に整理することにも意味があります。 いろんな意味がつながるんです」

「うんうん」

テトラ「あたしが『なるほど』と思ってうれしかったのは、 わけがわからないことを強制させられているんじゃない、 と感じたからです」

「わけがわからないことって、式の整理のこと?」

テトラ「はい、そうです。 ルールが与えられて、参考書に枠で囲まれて《重要ポイント》と書かれて、 ここはテストに出ると言われます。 覚えればルールに従うことはできます。 重要ポイントと書かれれば重要なのだと思います。 テストに出ると言われれば復習もしてテストに備えます。 でも、そうやっているだけでは、あまり『なるほど』とは思えません」

「そりゃそうだね。納得しなくちゃ『なるほど』とはいえない」

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(2018年12月21日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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