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第272回 シーズン28 エピソード2
放物線をつかまえて:ボールを投げる(後編)

書籍『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』

この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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僕の部屋

ユーリは、 『ボールを投げると放物線を描いて飛ぶのはなぜか』という疑問について議論を続けている(第271回参照)。

「ボールを質点と見なして、高いところから水平方向に投げる。質点は放物線を描いて落ちていく。 質点が動くとき、時刻 $t$ を決めれば……

・どれだけ横方向に進んだかという $x$ の値が一つ決まる。それを $x(t)$ で表す。
・どれだけ下方向に落ちたかという $y$ の値も一つ決まる。それを $y(t)$ で表す。

だから、時刻 $t$ の値が $t = 0, 1, 2, 3, \ldots$ のときに注目すると……

・ $x(t)$ の値は $x(0), x(1), x(2), x(3), \ldots$ と変化するし、
・ $y(t)$ の値は $y(0), y(1), y(2), y(3), \ldots$ と変化する。

……ここまではわかった?」

ユーリ「うん、わかった」

「$x(t)$ のようにカッコをつけて書いたのは、 $x$ という座標の値が時刻 $t$ の関数だ……とはっきりいうためだよ。 だから、ボールを投げたときの放物線の式を $y = ax^2$ と書いたけど、 この式は、二つの関数 $x(t)$ と $y(t)$ がどういう関係にあるかを表しているといえる」

ユーリ「どういう関係にあるか……」

「そうだよ。 $y = ax^2$ という等式は、《$y$ の値が $a$ と $x^2$ の積に等しい》ということを表しているよね。 特に、ボールを投げているようすと合わせて考えるなら、どんな時刻においても《$y$ の値が $a$ と $x^2$ の積に等しい》といってるわけだ」

ユーリ「ほほー」

「そこで、時刻のことも考えて、式の中に時刻 $t$ をはっきり書くとしたら、 $$ y(t) = ax(t)^2 $$ と表してもいいよ。どんな時刻 $t$ に対しても、 $y(t)$ の値は $a$ と $x(t)$ の二乗の積に等しいということだね」

ユーリ「うんうん、そこまではわかった。でもね、さっきから引っかかってるんだけど」

「何に?」

ユーリ「何だか……話がひっくり返っているみたいなの!」

「えっ?」

ユーリ「ひっくり返っているってゆーか、逆ってゆーか……」

「どういうことだろう。ユーリは、 ボールを投げたときに放物線になる理由を知りたいと思ったんだよね」

ユーリ「んー……うん、そーだよ」

「言葉だけで話を進めるのは難しいから、 いまは《放物線》のことを《$y = ax^2$ で表せる曲線》とした」

ユーリ「それもいーんだけど」

「それで、 $y = ax^2$ で表せる曲線がどんなものかを確かめている」

ユーリ「……」

「ボールを投げたときにどんな曲線になるかは、 本来なら実験で確かめるものだけど、 およそ、このグラフのような動きになるということがわかってる。それで、この曲線は……」

ユーリ「そこ! そこがひっくり返ってる!」

「へえ……どういうことだろう」

ユーリ「だってね、お兄ちゃんがやろうとしているのは、 $y = ax^2$ で表されている曲線の性質を調べることじゃん? でも、 ユーリが知りたいのは違うんだよー」

「うん?」

ユーリ「あのね、《放物線がどんな性質を持っているか》じゃなくて《どうして放物線になるか》という理由を知りたいんだよー。わかっておくれよー」

「……なるほど、なるほど」

ユーリ「理由の方を教えてよ」

「うん、ユーリが引っかかっていたところはわかったよ。 ユーリはきっと、もっと物理学的なことを知りたいんだね」

ユーリ「ぶつりがくてき……なこと?」

「うん。物理学的なこと。 もう少し絞るなら物理学の中でも特に力学の話」

ユーリ「ふむふむ……よろしい、話を続けたまえ」

「偉そうだな。まあ、もともと、放物線の性質を話してから、力学の話をしようと思っていたんだけどね。 ともかく、僕たちがいま考えようとしているのは、力学の中でも特に《質点の運動》と呼ばれるものだね」

ユーリ「しつてんのうんどう」

質点の運動

「そう。質点の運動。質点というのは、 質量はあるけれど、大きさを持たない点のこと。 ボールを投げるときには、本来ならば、 ボールの回転やボールが受ける空気抵抗などを考えなくちゃいけないけど、 それだと話が複雑になるから、大きさがない質点として考えてみようということ。 話を簡単にするためにね。 質量については、またあとで話すよ」

ユーリ「ふんふん」

「僕たちは、質点の運動を考えようとしている。 ここでいう運動というのは、 時刻ごとに位置がどうなるかのことだね」

ユーリ「動きってことでしょ? ヒューッと落ちていくみたいな」

「そうだね。僕たちはボールを投げたときに、 ボールが時間を掛けて落ちていくようすを見ることができる。 ストロボ撮影をすれば、時刻ごとにボールがどの位置にあるかを記録することができる」

ユーリ「……それが放物線になる」

「そう。ボールを質点だと思ってグラフに描くと曲線になる。 そしてそれは放物線になる。 座標軸をうまくとれば $y = ax^2$ という式で表せる曲線になるということ。 実際の実験では誤差が出るけれど、 おおよそ $y = ax^2$ という式で表せるのは確かめられる」

ユーリ「だーかーらー! ユーリが知りたいのはその理由なんだって!」

「あわてないでほしいな。ここからその理由の話に入るんだから」

ユーリ「むー」

「ここまでの話は、僕たちでも実験して確かめられる。 ボールと時計と場所を用意する。そうだ、スマートフォンで動画撮影してもいいよね。 そうすれば、時刻 $t$ ごとにボールがある位置 $(x,y)$ を求められる。 どれだけ正確な実験になるかはわからないけど、ともかくできる」

ユーリ「ふんふん?」

「でも、その次の一歩はものすごく難しい。とても大きな一歩になる」

ユーリ「次の一歩って?」

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(2019年10月25日)

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この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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