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第286回 シーズン29 エピソード6
音楽と数学:自由な平均律(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好きな高校生。

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双倉図書館にて

ユーリテトラちゃんといっしょに、双倉図書館で開催されている《音楽と数学》というイベントに来ている。

音程を表すセントという単位が対数で定義されているのを学んだところ。

第285回参照

テトラ「ということは、ピアノの鍵盤も対数を使って並べているといえますね。 だって、 $1$ オクターブ離れた音を出すキーは、低い音でも高い音でも等間隔ですから!」

「ああ、そうだね。白鍵と黒鍵があって半音と全音が混じっているから細かい間隔を厳密に言い出すと難しいけど、 オクターブ単位で見ると、確かにテトラちゃんのいう通りだと思うよ。 《鍵盤上の $1$ オクターブの距離》は《周波数が $2$ 倍になる距離》になってる」

ユーリ「にゃるほどー。対数とセント、今度こそ完全に理解した!」

「また大きく出たな」

テトラ「ユーリちゃん、こっちにクイズパネルがありますよ」

クイズ(セントで表すピタゴラスコンマ)

周波数 $x$ Hzと $y$ Hzの比が、ピタゴラスコンマに等しいとします。 $$ 3^{12}/2^{19} = 531441 / 524288 = 1.013643{}264770{}5078125 $$ ピタゴラスコンマは約何セントでしょうか。

ただし、 $\log_2 3$ は約 $1.5849625$ として計算してください。

ユーリ「解いてみる!……ってどーすんだ?」

「完全に理解したんじゃなかったのか……《定義にかえれ》だよね。セントの定義に当てはめればすぐに計算できる」

テトラ「定義はこれですね」

セント

セントは周波数の違いを表す単位です。

周波数 $x$ Hzと $y$ Hzの違いを $n$ セントとすると、 $n$ は、 $$ n = 1200 \times \log_2\left(y/x\right) $$ で得られます。

ユーリ「ピタゴラスコンマの $x$ と $y$ は……あり?  $x = 2^{19}$ と $y = 3^{12}$ でいーの? でも、 $2^{19}$ Hzってものすごくね?」

「そう考えても悪くはないけど、ピタゴラスコンマ自体が比から作っているんだから $y/x = 3^{12}/2^{19}$ でいいんだよ」

テトラ「一音目の周波数が $C_1$ Hzとして、十三音目の周波数を $C_{13}$ Hzとすると、 $C_1 \times 3^{12}/2^{19} = C_{13}$ と考えてもいいですよね。 つまり、 $x = C_1$ で $y = C_{13}$ とすると、結局、 $$ y/x = C_{13}/C_1 = 3^{12}/2^{19} $$ になりますけれど」

ユーリ「りょーかい。セントの定義に入れて……ピタゴラスコンマが $n$ セントだとすると……」

$$ \begin{align*} n &= 1200 \times \log_2\left(y/x\right) \\ &= 1200 \times \log_2\left(3^{12}/2^{19}\right) \\ &= \REMTEXT{えーと……} \end{align*} $$

テトラ《割り算の対数は、対数の引き算》になりますね」

ユーリ「テトラさん。ユーリ、わかってるからー」

テトラ「ごめんなさい」

$$ \begin{align*} n &= 1200 \times \log_2\left(3^{12}/2^{19}\right) \\ &= 1200 \times \left( \log_2 3^{12} - \log_2 2^{19} \right) && \REMTEXT{《割り算の対数は、対数の引き算》}\\ &= \REMTEXT{それから……} \end{align*} $$

《$N$ 乗の対数は、対数の $N$ 倍》を使えばいいんじゃないかな」

《$N$ 乗の対数は、対数の $N$ 倍》

$$ \log A^N = N\log A $$

ユーリ「お兄ちゃん! ユーリ、わかってるって!」

「ごめんごめん」

$$ \begin{align*} n &= 1200 \times \left( \log_2 3^{12} - \log_2 2^{19} \right) \\ &= 1200 \times \left( 12 \log_2 3 - 19 \log_2 2 \right) && \REMTEXT{《$N$乗の対数は、対数の$N$倍》}\\ &= \REMTEXT{あれ……?} \end{align*} $$

ユーリ「あれ?  $\log_2 3$ は約 $1.58496{}25$ って問題パネルに書いてあったけど、 $\log_2 2$ は?

テトラ「……」

「……」

ユーリ「助け船が来ない……あっ、なーんだ。 $\log_2 2 = 1$ に決まってんじゃん!  $2^1 = 2$ だもん(第285回参照)」

$$ B^L = A \quad\Longleftrightarrow\quad \log_{B} A = L $$

テトラ「そうですね」

「そうだね」

ユーリ「あとは、けーさん!  $1200 \times \left( 12 \log_2 3 - 19 \log_2 2 \right)$ だから……電卓貸してー」

$$ \begin{align*} 1200 \times \left( 12 \times 1.58496{}25 - 19 \times 1 \right) &= 1200 \times (19.01955 - 19) \\ &= 1200 \times 0.01955 \\ &= 23.46 \end{align*} $$

ユーリ「だから、ピタゴラスコンマは約 $23.46$ セントだ!」

クイズの答え(セントで表すピタゴラスコンマ)

ピタゴラスコンマは約 $23.46$ セントになります。

ただし、 $\log_2 3$ は約 $1.58496{}25$ として計算しました。

ユーリ「ほーら、合ってた。じゃっ、次のパネル行こー」

テトラ「でも、この約 $23.46$ セントというのは《どのくらい》の大きさなんでしょうか」

ユーリ「どのくらいって言っても、 $23.46$ が大きいか小さいか?」

「比較するということだよね。たとえばオクターブは周波数が $2$ 倍だから定義からは $1200$ セント。 オクターブが $1200$ セントのところ、ピタゴラスコンマは約 $23.46$ セント」

テトラ「オクターブが $1200$ セントで、たとえばピアノの鍵盤のように《$12$ 等分》した場合の半音は $100$ セントですから、 $100$ セントに比べて約 $23.46$ セントというのは意外に大きいですね」

「テトラちゃんはずっと定量的な話が気になっているんだね」

ユーリ「んんん? ちょっと待って。いまテトラさん、ピアノの鍵盤のように《$12$ 等分》するって言ってたけど、 ピアノの鍵盤はピタゴラス音律を作る方法で作ったんじゃないの?」

テトラ「それは、あっちのコーナーのパネルで紹介してありましたよ……あたし、先にそっちを回ったんです」

ユーリ「あっちのコーナー?」

テトラ《自由な平均律》のコーナーです」

平均律という言葉は聞いたことがあるぞ」

ユーリ「へーきんりつ」

僕たち三人は《自由な平均律》のコーナーへ移動した。

《自由な平均律》

テトラ「こちらですね」

平均律(十二平均律)

周波数を対数で表した上で、 $1$ オクターブの音程を $12$ 等分したものを「半音」とし、 半音 $2$ 個分の音程を「全音」として作った音律を平均律(へいきんりつ)といいます。 より正確には「十二平均律」といいます。

この結果《$B\sharp$ と $C$》や《$E$ と $F\flat$》は、名前が異なっても周波数は同じ音になります(異名同音)。

※楽譜として表記する際の注意:『楽典』(音楽之友社)より引用: (前略)ただし、調の明確な曲である限り、記譜は必ず音階の音に沿って行なうのであって、勝手に異名同音の扱いをしてはならない。

「なるほどね。対数を使って $12$ 等分すれば、鍵盤の半音がすべて同じ比率になるわけだね。 《$N$ 乗の対数は、対数の $N$ 倍》を逆にすればいい。つまり《対数の $1/N$ は、 $N$ 乗根の対数》になる」

《対数の $1/N$ は、 $N$ 乗根の対数》

$$ (\log A)/N = \log(\SQRTX{N}{A}) $$

※ $\SQRTX{N}{A}$ は $A$ の $N$ 乗根のうち正の実数を表すものとする。

ユーリ「平均律のときは $N = 12$ になるってことだよね」

「そうだね。平均律は $1$ オクターブを $12$ 等分するけれど、それは比として $12$ 等分すること。 言い換えると、平均律で半音という音程の周波数比を求めるのは、こんな問題を解くことに相当するかな。 最初の周波数を $a$ Hzとして、半音上げた周波数を $ar$ Hzにすると考えて……」

問題A(平均律における半音、その周波数比)

第 $1$ 項が $a_1 = a$ で、公比が $r$ の等比数列 $a_1, a_2, a_3, \ldots$ がある。

第 $13$ 項の値が $a$ の $2$ 倍のとき、 $r$ を求めよ。

$a > 0$ で $r > 0$ とする。

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(2020年3月6日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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