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第306回 シーズン31 エピソード6
読むための対話:「当たり前」を越えるため(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

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二等辺三角形の証明問題

問題

二等辺三角形は、二つの底角の大きさが等しい。このことを証明してください。

ユーリノナの三人は、二等辺三角形の底角が等しいことを証明する問題に取り組んでいる。

といっても、は証明はわかっているし、ユーリも恐らくわかっているだろう。

僕たちがいっしょに話しているのは、主にノナのためだ。

数学に興味はあるけれど、何をどうしていいかまだよくわかっていないノナ

僕たちがいっしょに数学に取り組むことで、考えることを楽しみ、しかも、彼女が引っかかっているいろんなことを解きほぐしていくことができればいいな……と思っている。

いまは、仮定から結論までを理由の連鎖でつないでいくことや、 何について論じているかをはっきりさせるために名前をつけることなどを話しているところ(第305回参照)。

「じゃあ、ここまでに話してきたことをもとに、この問題を整理していくよ」

問題

二等辺三角形は、二つの底角の大きさが等しい。このことを証明してください。

  • 僕たちは「二等辺三角形は、二つの底角の大きさが等しい」ということを証明したい。
  • 何が仮定で、何が結論かをはっきりさせたい。
  • そのために三角形の頂点に名前をつけて、辺や角をはっきりさせたい。
  • ノナちゃんの提案を使って、こんなふうに名前をつけて、問題を解きほぐしてみよう……

問題を解きほぐした

いまから扱う二等辺三角形の頂点にA,B,Cという名前を付けて考えることにします。

つまり、二等辺三角形ABCを考えます。

二等辺三角形ABCには長さが等しい二つの辺があります(どうしてかというと、それが二等辺三角形の定義だから)。

長さが等しい二つの辺を辺ABならびに辺ACとします(言い換えるなら、長さが等しい辺がABとACになるように、頂点に名前を付けたということです)。

そのように名前を付けると、二つの辺の長さが等しいことは、 $\TT{AB} = \TT{AC}$ という式で表すことができます。

これで、この問題の仮定を $\TT{AB} = \TT{AC}$ という式で表せたことになります。

この二等辺三角形には二つの底角があります。

その二つの底角は、角ABCと角ACBになります(どうしてかというと、すでに辺ABと辺ACが等しいと定めたので、この二つの角が底角に決まるからです)。

このとき、二つの角ABCと角ACBの大きさが等しいことを証明するのが問題です。

つまり、証明すべき結論を $\ANGLE{ABC} = \ANGLE{ACB}$ という式で表せたことになります。

ユーリ「確かにそーだけど、くどいにゃあ」

ノナ「これが証明 $\NONAQ$」

「いやいや、これはまだ証明じゃないよ、ノナちゃん。 これは、与えられた問題を考えていくために、解きほぐしてみただけ。 ノナちゃんが提案してくれた《三角形ABCと名前をつける方法》を使って、 問題を言い換えたんだ。これで……」

  • 「二等辺三角形である」という仮定は、「$\TT{AB} = \TT{AC}$ である」とはっきり表せる。
  • 「底角が等しい」という結論は、「$\ANGLE{ABC} = \ANGLE{ACB}$ である」とはっきり表せる。

ノナ「はっきり……しました $\NONA$」

ユーリ「ノナ、元気ないじゃん。お腹減った?」

ノナ「証明はわからないけど……底角は等しいです。ここここ $\NONA$」

ノナはそう言って、両手の人差し指で二等辺三角形をなぞっていく。

両手の指をシンクロさせ、等しい二つの辺を上から下までなぞって、二つの底角を描いた。

「そうだね。二等辺三角形を描けば底角が等しいことは確かに成り立ちそうだとわかるし、実際に底角は等しいよ。 でも、仮定はあくまで《二辺の長さが等しい》というだけだよね。 僕たちはそこから結論の《二等辺三角形の底角の大きさは等しい》まで、しっかりとつなげてやらなくちゃいけない」

仮定

三角形ABCで、辺ABと辺ACの長さは等しい。 $$ \TT{AB} = \TT{AC} $$

結論

二等辺三角形の底角の大きさは等しい。

$$ \ANGLE{ABC} = \ANGLE{ACB} $$

ノナ「あたりまえで……難しい $\NONA$」

「うん、そう感じるのはすごく自然だよ。事実として知っていることをわざわざ証明しなさいと言われたら『当たり前じゃないか』と言いたくなったり、 『当然でしょ』と言いたくなる。僕たちがやろうとしているのは、わかってしまえば確かに当たり前かもしれないけど、 仮定と結論をつないでやることなんだ。偉い人が言ったからでもなく、声が大きい人が言ったからでもなく『これこれこういう理由で成り立つ』と言いたい。 それが証明だから」

ノナは、の言葉に強くうなずいた。

ノナ「理由が大事 $\NONAEX$」

「ところで、ユーリはもう証明は見つけたの?」

ユーリ「見つけたってゆーか、わかってるよん。学校で習ったんだっけかなー……」

ノナ「やってないよう……覚えてない $\NONA$」

「習ったかどうか、覚えているかどうかは、ちょっとわきに置いとこう。 どうしたら証明を見つけることができるか、そのヒントを考えてみるね。 もう僕たちは、 二等辺三角形や底角という言葉の意味はわかっているし、 この問題が全体として何を聞いているかもわかっている(第305回参照)。 それから、数式を利用して言いたいこともはっきりした。 仮定も結論もわかっている。 あとは、仮定から結論までをつなげればいい。そうだよね」

ノナユーリは、の言葉に黙ってうなずく。

「こうすれば絶対に証明を見つけられる!なんて方法はないけれど、 証明を探すヒントとなる方法はたくさんある。 たとえば《仮定からスタートして、その仮定から言えることを探していく》方法があるよね。 それから逆の方法もある。つまり《結論からスタートして、何が言えたらその結論が言えるかを探していく》方法」

仮定からスタートする方法

結論からスタートする方法

ユーリ「ユーリ、それ好き! 出口から逆に戻るんでしょ?」

「そうだね」

ユーリ三角形が合同だと言えれば、 $\ANGLE{ABC} = \ANGLE{ACB}$ が言えるじゃん!」

「大きなヒントが出ちゃったな」

ユーリ「あっと、ごめーん! 我慢してたんだけどなー」

ノナ「ヒント $\NONAQ$」

「ユーリが言ったのは、こういうことだよ。僕たちが証明したい結論は二つの角の大きさが等しいということ。 つまり、 $\ANGLE{ABC} = \ANGLE{ACB}$ を言いたいわけだよね」

ノナ「はい $\NONA$」

「そこで考えたいのは《何が言えたら、二つの角の大きさが等しいと言えるのかな》ということだね。 これは《似た問題を知らないか》という問いかけにもできるよ。 自分が知っていること、自分が覚えていることの中から《こういうときには二つの角の大きさが等しい》という知識を探してくることになる」

ノナ「暗記……暗記ですか $\NONA$」

ノナはいぶかしげな声を出す。

「暗記といえば暗記かもしれないけど……少なくとも丸暗記ではないよ。 自分が覚えている知識の中から探してくるというのは確かだけどね。 たとえば、ノナちゃんは『これこれこういうとき、二つの角の大きさは等しくなります』という知識を持ってる?」

ノナ「合同な三角形……ですか $\NONAQ$」

ユーリ「ぴんぽーん! 正解!」

「そうそう! 合同な三角形はいいね!」

ノナ「当たりました $\NONAHEART$」

「当たったといっても悪くはないけど、これがたったひとつの正解ではないよ。《こういうときには二つの角の大きさが等しい》といえる場面は無数にあるから。 でも、合同な三角形を使うのはいい考えだね!」

ノナ「$\NONAHEART$」

「ところでノナちゃん。『合同な三角形』のように単語で答えるんじゃなくて、 『これこれこういうとき、二つの角の大きさは等しくなります』みたいに文章で答えることをやってみて」

ノナ「合同な二つの三角形だと……対応する角の大きさは等しい……等しくなります $\NONA$」

「すばらしい!」

ノナをほめたけれど、ノナは図を見ながら困惑した表情になる。

ノナ「まちがいですか $\NONAQ$」

「いやいや、何もまちがいじゃないけど?」

ノナ「三角形は一つしかない……一つだけです $\NONA$」

「ああ、そうだね。僕たちの前には三角形は一つしかない。 三角形が一つしかないのに合同を考えるのが引っかかる?」

ノナ「$\NONA$」

「でも、ノナちゃんはさっき、左手と右手を動かして底角を確認していたよね。 それを続けて三角形を描けば、左手が描く《三角形ABC》と右手が描く《三角形ACB》という二つの三角形が生まれる」

ユーリ「こーゆーこと」

三角形ABCと三角形ACB

ノナ「それもアリなの……アリですか $\NONAQ$」

「うん、アリだよ。三角形ABCと三角形ACBについて、合同を考えてもかまわない。 だってどちらも三角形だからね。 これでアイディアは出そろったから、証明の形にしてみるよ」

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(2020年10月23日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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