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第309回 シーズン31 エピソード9
読むための対話:理由を求める問いかけ(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

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ノナユーリの三人は、図形の証明問題を題材にいろいろおしゃべりをしている(第308回参照)。

新たな問題へ

ユーリ「お兄ちゃん、他の問題出してよ」

「他の問題?」

ユーリ「ほれほれ、ノナも退屈しているし」

ノナ「退屈してないよう $\NONA$」

「うーん……じゃあ、 『三角形の外角は、その外角と隣り合っていない二つの内角の和に等しい』ことを証明してみようか。 具体的に書くと、こういう問題」

問題

図のように、三角形ABCと点Pがあります。

このとき、角ABCと角CABの大きさの和は、角ACPの大きさに等しいことを証明してください。

ユーリ「にゃるほど! 簡単じゃん。あのね……っとっと」

ユーリは自分の考えを言いかけて、口を閉じる。

たぶん、ノナに考えてもらうための配慮をしたんだろうな。

「ノナちゃんは、この問題はどうかな?」

ノナ「読んでる……読んでます $\NONA$」

ノナはそういって、問題を何回か読み返す。

読みながらノナは図を指でなぞっていく。

「ノナちゃんは偉いね」

ノナ「$\NONAQ$」

「問題文に出てきた文字が、どの点に対応するかきちんと確かめているからだよ」

ノナ「読むの遅いです $\NONA$」

「なるほど。でも、遅くてもきちんと読むのは大事だよ。きちんと読めるならスピードを上げる練習をするのもいいけどね……ところで、 この問題はわかった?」

ノナ「はい $\NONA$」

ユーリ「じゃ、ユーリしゃべってもいい?」

「ユーリはもう証明までわかったの?」

ユーリ「わかってるよん。完璧さ!」

「完璧だったら、ちょっと待てる? 先にノナちゃんの話を聞いてみよう。はい、ノナちゃん。どんなことを考えたか教えてください」

ノナ「こことここを足したのが……ここ $\NONA$」

ノナは、《ここ》と言いながら、図のあちこちを指さした。

「うん、いまノナちゃんは《証明すべきこと》が何かを言ったんだね」

ノナ「結論 $\NONAQ$」

「そうそう! そうだね。結論だ。 『この問題で、証明すべきことは何ですか?』と問いかけられたら、 『角ABCの大きさと、角CABの大きさを足したら、角ACPの大きさに等しくなることです』と答えればいい」

ノナ「確かめました $\NONA$」

「うん、問題文を読みながら図との対応を確かめるのは大事だね」

ユーリ名前つけてもいーよね?」

ノナ「$\NONAQ$」

ユーリ「対応いちいち確かめるの、めんどーじゃん。小文字で $a,b,c,p$ って名前を書いちゃおーよ」

「それはいいアイディアだね。角の大きさに $a,b,c$ という名前をつけるってことだよね。頂点の名前に合わせて」

ユーリ「そーだよー。それから角ACPは $p$ ね」

「ユーリは、こう考えたんだね」

  • 角CABの大きさを $a$ とする。
  • 角ABCの大きさを $b$ とする。
  • 角BCAの大きさを $c$ とする。
  • 角ACPの大きさを $p$ とする。

ユーリ「そーすると《証明すべきこと》は、 $$ a + b = p $$ になった! カンタン!」

ノナ「$\NONAQ$」

「ユーリが言ったこと、ノナちゃんには伝わった?」

ノナ「はい $\NONAX$」

ノナは『はい』と言ったけれど、どうも何か引っかかっているように見える。

それは、彼女の自信なさそうな声でわかる。

彼女はまだ、どこかの《迷いの森》を歩いているのだ。心の中にある《迷いの森》を。

は、心の扉をノックする。また《先生ノナちゃん》を呼び出さなくては。

「(コンコン、コンコン)」

ノナ「まだ……わかってないみたい $\NONA$」

おお、反応が早い!

ノックの音だけで、ノナは自分の状態が言えるんだ!

「どのへんがわかってないみたい?」

ノナ「エー、ビー、シー、ピーって決めていいの $\NONA$」

ユーリ「定義は自由だよー。何でも定義すればオッケーだよー。だよね?」

「そうだね。『角CABの大きさを $a$ とする』のように、文字を定義するのは自由にやっていいんだよ。 それで考えやすくなったり、まちがえにくくなったりするならば、すごくいいこと。 物事がはっきりすることは、どんなことでも大歓迎なんだ」

ノナ「書かれてなくても $\NONAQ$」

「たとえ問題文に書かれていない文字でも使っていいよ。 自分で文字の意味を決めればね。 違うものに同じ文字を当てはめたりしてはダメだし、 あいまいな決め方をしてはダメだけど、 話がはっきりするならば、自由に決めてかまわない」

実際、そうなのだ。

高校の授業で、長い証明を書くようになって特にそれを感じる。 適切に文字を定義するなら、書く量が激減することだってある。

長い式を一文字で表せば転記ミスも減るし、書く時間も減る。式のまとまりが見やすくなることも多い。

それから……自分で文字を定義して書くことを身につけてから、教科書や参考書を読むときの意識も変わった。

本の中でどんな文字を使っているか、 どんな定義をしているかを意識するようになったんだ。

自分で考えて書くことは、誰かが書いたものを読むことにもつながっていて……

ユーリ「……ってもいーの? ねー、いーの?」

「え、ごめん。何だって?」

ユーリ「ユーリの証明、もう話してもいーの?」

「ノナちゃんに聞いてみようよ」

ユーリ「ユーリの証明、話しても大丈夫?」

ノナ「教えて $\NONA$」

「じゃあ、ユーリ先生、お願いします!」

ユーリ「あいよ」

ユーリの証明

ユーリの証明

角CAB,角ABC,角BCA,角ACPの大きさをそれぞれ $a,b,c,p$ とする。

三角形の内角の和は180度だから、 $$ a + b + c = \KAKUDO{180} \qquad \cdots\cdots\REMTEXT{(ア)} $$ である。

また、 角BCPの大きさは180度だから、 $$ c + p = \KAKUDO{180} \qquad \cdots\cdots\REMTEXT{(イ)} $$ である。

(ア)と(イ)から、 $$ a + b + c = c + p $$ がいえて、 $$ a + b = p $$ が成り立つ。

したがって、 角ABCと角CABの大きさの和は、 角ACPの大きさに等しい。

(証明終わり)

ノナ「$\NONA$」

「なるほど。三角形の内角の和と、平角の大きさがどちらも180度であることを使ったんだね」

ユーリ「カンタン、カンタン!」

ノナ「$\NONA$」

「ノナちゃんはわかった?」

ノナ「合同は……合同条件は使わないんですか $\NONAQ$」

ユーリ「使わないよん。使う必要ないし」

ノナ「難しい……難しいです $\NONA$」

ユーリ「カンタンだよー。三角形の内角の和は180度じゃん?」

ノナ「わかってるよう $\NONA$」

ユーリ「それから直線になってる角は180度だし! 図を見ればわかる」

ノナ「難しいもん $\NONAX$」

ユーリ「カンタンだって!」

ノナ「ユーちゃんみたいにtmykns……やっぱり、難しい $\NONAEX$」

「いやいや、二人ともちょっと待った。難しいかどうか、簡単かどうかを言い合ってもしょうがないよ。 ノナちゃんは、ユーリの証明を理解できているし、 そこに出てきた三角形の内角の和や、平角のことも理解しているようだよ」

ユーリ「そーなの?」

ノナ「わかってるよう $\NONA$」

「えっとね、ノナちゃんが《難しい》といってるのは、どういう意味だろう」

ノナ「$\NONAQ$」

「ノナちゃんは『難しい』という言葉を《外》に出してくれた。僕たちにはその言葉がちゃんと聞こえた。 では、そのときノナちゃんの《中》にはどんな気持ちが動いていたのかな? いったい何を難しいと感じたんだろうね?」

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(2020年11月13日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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