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第1回 シーズン1 エピソード1
文字と恒等式(前編) ただいま無料

書籍『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。

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は高校二年生。

放課後はいつも図書室で数学をやっている。

ひとりで計算するときもあるけれど、たいていは……

図書室にて

テトラ「先輩、先輩、先輩!」

「テトラちゃん、今日も元気だね」

テトラ「はいっ!」

「でも、ここは図書室だから、静かにしないとね」

テトラ「あ、そ、そうですね」

元気少女のテトラちゃんはいつもバタバタしている女子高生。

僕の一年後輩なので高校一年生になる。

ショートカットの髪、チャームポイントは大きな目。 その目は好奇心でいつもくるくる動いている。

僕たちは仲良しだ。放課後は毎日のように図書室でおしゃべりをする。

おしゃべりの内容は、もちろん数学。

今日も、僕たちの数学トークが始まる。

テトラ「さっそくですが、先輩に質問ですっ」

「はいはい」

テトラ「以前のことですけど、先輩は恒等式こうとうしきのお話をしてくださいましたよね」

「うん。恒等式は《どんな数についても常に成り立つ等式》だね。 たとえば、この等式は恒等式になる」

$$ (a + b)(a - b) = a^2 - b^2 \qquad \text{和と差の積は$2$乗の差(恒等式)} $$

テトラ「そうですそうです! それで、この恒等式は、参考書によっては $x$ と$y$を使って書かれていたりします」

$$ (x + y)(x - y) = x^2 - y^2 \qquad \text{和と差の積は$2$乗の差(恒等式)} $$

「うん、そうだね。 方程式の場合は $x,y$ を未知数にすることが多いけれど、 この場合は $a,b$ を使っても、 $x,y$ を使ってもどちらでもいいよ。 厳密にいうなら《$a,b$ に関する恒等式》や《$x,y$ に関する恒等式》という必要はあるかな」

テトラ「はい、先輩も以前そう教えてくださいました。あれで、あたし、ほっとしたんです」

「ほっとした?」

テトラ「はい。あたしって、数学の勉強しているとき、そこで使っている文字がとても気になるんです。 $a,b,c $や$ x,y,z$のように、いろんな文字が出てきますよね。 ときどき、ギリシア文字の $\alpha,\beta,\gamma$ まで出てきます。 あたしは『どうしてこの文字を使うのかな? 他の文字じゃだめなのかな?』って考え込んでしまうんです。 でも、そんなこと数学の授業中にゆっくり考えていられなくて……だから、 先輩に『どちらでもいいんだよ』っていっていただけて、ほんとに助かりました」

「それはよかった。 テトラちゃんは数式で使っている文字が気になるんだね。 それ自体はとてもいいことなんだよ」

テトラ「えっ?」

「もともと、数式はていねいに読まなくちゃいけない。 そこに使われている文字を注意深く読むというのは、正しい態度なんだよ。 数式を読むときは、さらっと流してはだめ。じっくり読むことが大切。 慣れてくれば、だんだん速く読めるようになるけどね」

テトラ「そうですか……そうですよね。 あたし、文字を気にしすぎるのかなあって思っていました。 あたしってとろいなあって」

「そんなことないよ。 先走って読むよりもずっといい。 文字が出てくるごとに《この文字は、何を表しているか》って、ひとつひとつ確かめるのは大事だよ」

テトラ「何を表しているか、ひとつひとつ確かめる……」

「そうそう。それから《同じ文字は、どこに出てくるか》も、しっかりチェックするといいよ」

テトラ「同じ文字といいますと?」

「うん、たとえばさっきの恒等式をもう一度見てみよう」

$$ (a + b)(a - b) = a^2 - b^2 $$

テトラ「はい」

「ここには $a$ と$b$という二つの文字が何回か出てくるよね。 数式では《同じ文字は同じものを表す》という約束がある。 だから、左辺さへんの $(a+b)(a-b)$ に出てくる $a$ と、右辺うへんの $a^2-b^2$ に出てくる $a$ は同じものを表していることになる。 同じものというか、ここでは同じ数だけど」

テトラ「えっと、すみません。話がよく見えないんですが、 $a$ はどこでも同じ数ってことですか」

「どこでもっていうか、この恒等式 $(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$ の中では、ってことだよ。 $a $はどれも同じ数。$ b$はどれも同じ数。 $a$ と$b$同士は、同じ数かもしれないけれど、違う数かもしれない」

テトラ「はい。……いえ、先輩がおっしゃることはわかりますけれど……」

「あたりまえすぎる?」

テトラ「は、はい……すみません」

「いや、いいんだよ。実際あたりまえのことだしね。 でも、さっきの $(a + b)(a - b) = a^2 - b^2$ で$a $や$ b$のところに具体的に数を入れてみると、 おもしろいことができるよ」

テトラ「おもしろいこと?」

「そうそう。たとえば、 $a = 100, b = 2$ にしてみようか。 $a $に$ 100 $を代入だいにゅうして、$ b$に $2$ を代入するってことだよ」

テトラ「はい……?」

「そうすると、こんな式が作れる」

$$ \begin{align*} (a + b)(a - b) &= a^2 - b^2 && \text{《和と差の積は$2$乗の差》の恒等式} \\ (100 + b)(100 - b) &= 100^2 - b^2 && \text{$a = 100$としてみた} \\ (100 + 2)(100 - 2) &= 100^2 - 2^2 && \text{さらに、$b = 2$としてみた} \\ 102 \times 98 &= 100^2 - 2^2 && \text{左辺を計算した} \\ 102 \times 98 &= 10000 - 4 && \text{右辺を計算した} \\ \end{align*} $$

テトラ「……はい。わかります。でもこれが?」

「僕たちはこれで、こんな式を得ることができたね」

$$ 102 \times 98 = 10000 - 4 $$

テトラ「ごめんなさい、先輩。何をおっしゃりたいのかまだわかりません」

「うん。この式で、左辺の $102 \times 98$ を見ても、計算結果はすぐにはわからない。 $102 \times 98$を暗算するのはちょっと難しいよね」

テトラ「はい、確かに。あたし、暗算は苦手です。 $102 \times 98$ は、ええと……」

「いやいや、いま計算しなくてもいいよ。そこでさっきの式、 $$ 102 \times 98 = 10000 - 4 $$ の右辺を見よう。右辺は $10000 - 4$ だ。これなら暗算できる。繰り下がりに注意」

テトラ「あ、そうですね! ええと、 $10000 - 4$ は$9996 $ですね。$ 4$を足したら $10000$ になる数ですから」

「そうそう。つまりね、 暗算するには難しい $102 \times 98$ という式を、 暗算ができる $10000 - 4$ という式に変換したことになるんだよ」

テトラ「ははあ……」

「もちろん、そのためには、 $102$ が$100+2$に等しくて、 $98 $が$ 100-2$に等しいことを見抜かなくちゃいけないけどね。 言いたかったのは、 $(a+b)(a-b) = a^2 - b^2$ という恒等式に具体的な数を入れてみると、おもしろい式が作れるということ。 こういうの、自分でいろいろやってみると楽しくなる。 数学の読み物に、ときどき《おもしろい暗算法》が紹介されていることがあるけれど、 それは恒等式を使って組み立てられていることが多いよ。 読み物を読むのもいいけれど、自分でやってみるほうがずっと楽しい」

ミルカ「何が楽しいって?」

「うわっ!」

テトラ「あちゃちゃ!」

「びっくりした……ミルカさんって、足音がしないね」

ミルカ「そんなことより、何が楽しいって?」

ミルカさんは僕のクラスメート、高校二年生だ。

長い黒髪、メタルフレームの眼鏡。

数学がとても得意な才媛。ミルカさんには誰もかなわない。

立ち姿が綺麗で、僕はいつもミルカさんに見とれてしまう。

ミルカ「ふうん……《和と差の積は $2$ 乗の差》は、《長方形を正方形に変換する》ということだな」

テトラ「どういうことでしょうか?」

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(第1回終わり)

(2012年11月2日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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