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第6回 シーズン1 エピソード6
数式のシルエット(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』

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テトラ「こういう《多項式の書き方》は何のためにあるんでしょうか」

テトラちゃんは僕の後輩。高校一年生の女の子だ。 が《多項式の書き方》の話をしたら、素朴でストレートな質問をしてきた。

「《多項式の書き方》が、何のためにあるのか?」

テトラ「はい、そうです。あ!ミルカさんがいらっしゃいましたね」

ミルカ「何?」

ミルカさんさんはのクラスメート、高校二年生。 メタルフレームの眼鏡をかけている長い黒髪の才媛だ。 ミルカさんテトラちゃん、そしての三人は、 放課後の図書室でいつも数学トークをしている。

テトラ「はい、数式の基本的な書き方を先輩に教わっていたんです。 数式というか、多項式ですね」

  • 文字の個数に気をつけて $x \times x \times x$ を $x^3$ のように書きます。
  • $x^3$ と $2x^3$ のような同類項をまとめて $3x^3$ のように書きます。
  • そして項を、$x^3, x^2, x, \REMTEXT{定数}$の順番に並べます。

ミルカ「ふうん……」

テトラ「そ、それでですね、同類項をまとめたり、降冪の順に並べたりする《多項式の書き方》は何のためにあるのかという質問を——」

ミルカ「同一性の確認」

テトラ「はい?」

ミルカ「少なくとも、二つの多項式の同一性の確認には使えるな」

テトラ「同一性の確認……ってどういうことでしょうか」

テトラちゃんは首をかしげる。 彼女は質問をためらわないし、わかったふりもしない。 心に浮かんだ疑問をそのまま素直に口にする。

ミルカ「《多項式の書き方》の役割のひとつは、 二つの多項式の同一性を確認するためにある。 もちろん、それがすべてではない」

「二つの多項式が等しいかどうかを調べるということ?」

ミルカ「そういうこと。 たとえば、 $x^2 + 3x^2 + x + 1$ という多項式と $2 + 2x + 4x^2 - x - 1$ という多項式は等しいだろうか」

$$ x^2 + 3x^2 + x + 1 \stackrel{\REMTEXT{?}}{=} 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 $$

テトラ「ははあ……それは、ちゃんと調べればきっと」

ミルカ「ちゃんと調べるというのは?」

ミルカさんは、たたみかけるように聞き返す。

「《多項式の書き方》にしたがうということだね、ミルカさん」

テトラ「え?」

$$ x^2 + 3x^2 + x + 1 \stackrel{\REMTEXT{?}}{=} 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 $$

「この式の左辺さへん右辺うへんを、《多項式の書き方》に従って書いてみるんだよ」

テトラ「は、はい……」

$$ \begin{align*} \REMTEXT{左辺} & = x^2 + 3x^2 + x + 1 \\ & = 4x^2 + x + 1 \qquad \REMTEXT{同類項$x^2$と$3x^2$をまとめた} \\ \REMTEXT{右辺} & = 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 \\ & = 2 + x + 4x^2 - 1 \qquad \REMTEXT{同類項$2x$と$-x$をまとめた} \\ & = 1 + x + 4x^2 \qquad \REMTEXT{定数の同類項$2$と$-1$をまとめた} \\ & = 4x^2 + x + 1 \qquad \REMTEXT{降冪の順に並べた} \\ \end{align*} $$

「そうだね」

テトラ「ははあ……左辺と右辺はどちらも $4x^2 + x + 1$ になりますね! だから、二つの多項式 $x^2 + 3x^2 + x + 1$ と $2 + 2x + 4x^2 - x - 1$ は等しいといえるのですね!」

$$ x^2 + 3x^2 + x + 1 = 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 $$

ミルカ「それでいい」

「なるほど。確かにそうだなあ。 《多項式の書き方》を使うと、二つの多項式が等しいといえる……か」

ミルカ「もう少し正確にいうなら、 二つの多項式が恒等的こうとうてきに等しいだな」

テトラ「《恒等的に等しい》……えっと、それは《等しい》とはちがうんですか」

テトラちゃんは、手に持った《秘密ノート》に書き込みながらすかさず質問する。

ミルカ「《恒等的に等しい》というのは、 ここでは《多項式で使っている文字 $x$ にどんな数を代入しても等しい》という意味になる」

テトラ「どんな数を代入しても等しい……す、すみません。 まだよくのみこめません。 さっきの $x^2 + 3x^2 + x + 1$ と $2 + 2x + 4x^2 - x - 1$ は、 $x$ にどんな数を代入しても等しくなるのはわかりますが……」

ミルカ「たとえば、 $x$ と $2x$ という二つの多項式の値は $x = 0$ のとき《等しい》といえる。 $x$ も $2x$ も $0$ に等しいから。 しかし、 $x \neq 0$ のときは $x$ と $2x$ は《等しくない》といえる。 したがって、 $x$ と $2x$ という二つの多項式は《恒等的には等しくない》わけだ」

テトラ「ははあ……《恒等的に等しい》の意味がわかってきました。 $x = 0$ みたいに特別の数のときだけじゃなくて、どんな数のときでも等しいときに《恒等的に等しい》というんですね」

ミルカ「それでいい」

「なるほどね」

ミルカさんさんは一瞬だけ目を閉じて、また話し始めた。少しテンポが上がる。

ミルカ「ふむ。《多項式の書き方》というのは、 いわば多項式の標準的な形を作っていることになるな。 いまは同一性の話をしたけれど、降冪の順にしておけば多項式の次数じすうを調べるのも楽だ」

テトラ「多項式の次数……っていうのは、 $1$ 次式とか $2$ 次式とかのことですか」

ミルカ「そう。降冪の順にしておけば、最初の《項の次数》がそのまま《多項式全体の次数》になる」

$$ \begin{align*} 2x + 1 & \qquad \REMTEXT{最初の項$2x$が$1$次なので多項式全体は$1$次式} \\ 3x^2 + 2x + 1 & \qquad \REMTEXT{最初の項$3x^2$が$2$次なので多項式全体は$2$次式} \\ x^3 + 3x^2 + 2x + 1 & \qquad \REMTEXT{最初の項$x^3$が$3$次なので多項式全体は$3$次式} \\ \end{align*} $$

「そりゃそうだ。多項式の次数は大事だからね」

ミルカ「ん? では、私からクイズを出そう」

クイズ

どうして、多項式の次数は大事なのか。

「なるほど」

テトラ「え……わかりません」

ミルカ「そう?」

テトラ「はい。 $1$ 次式、 $2$ 次式、 $3$ 次式、……いろんな多項式を授業で習いました。 ミルカさんのクイズは、どうしてその区別——次数の区別が大事なのかということですよね。 そんなこと、考えたこともありませんでした!」

ミルカ「君はどう思う?」

ミルカさんは、指揮者のように僕を指さした。

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(2012年12月7日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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