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第78回 シーズン8 エピソード8
一般には、一般には(後編)

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の教室で

テトラちゃんが $e^x$ の冪級数展開についておしゃべりした次の日の放課後。

教室でカバンを片付け、 そろそろ図書室に行こうかなと思っていると、ミルカさんがやってきた。 ミルカさんのクラスメート。数学が得意な才媛である。

ミルカ「まだいたのか」

「これから図書室に行こうと思ってたんだよ。ミルカさんは?」

ミルカ「村木先生から《カード》をもらってきた」

村木先生のカード

実数全体を定義域とする関数 $T(x)$ を以下のように定義する。

$$ T(x) = \dfrac{\EPMminus}{\EPMplus} $$

このとき、 $T(2x)$ を $T(x)$ で表せ。ただし $e$ は自然対数の底とする。

「指数関数を組み合わせて $T(x)$ を作って……」

ミルカ「ふむ」

「村木先生にしてはめずらしいね」

ミルカ「なにが」

「普通の計算問題をミルカさんに渡してきたってことだよ」

ミルカ「そう?」

「うん、だってこれなら問題集にも出てきそうな《力わざ》の計算だよね」

ミルカ「そうもいえる」

「解いてもいい?」

ミルカ「好きに」

教室にはミルカさんしかいない。 黒板に向かい、は問題を解き始めた。 ミルカさんは最前席で机に腰掛け、足を組む。

「やることは明確だよね。関数 $T(2x)$ を $T(x)$ で表せばいいんだから。 だから、$T(2x) = \REMTEXT{《$T(x)$の式》}$という形を作ることになる」

ミルカ「ふむ」

「そして関数 $T(x)$ は問題文で定義されている。 だから、あとは、いかに効率的に式変形をしていくかだから……うん、きっとこうだね。 鍵は指数関数の $\EP$ 部分にある。そこに注目して $T(x)$ を変形してみるよ」

ミルカ「……」

の板書1》

$$ \begin{align*} T(x) &= \dfrac{\EPMminus}{\EPMplus} && \REMTEXT{関数$T(x)$の定義から} \\ &= \dfrac{\EP\EP - \EP\EM}{\EP\EP + \EP\EM} && \REMTEXT{分子分母に$\EP$を掛けた} \\ &= \dfrac{\EPP - 1}{\EPP + 1} && \REMTEXT{指数法則から$\EP\EP = \EPP, \EP\EM=1$} \\ \end{align*} $$

「ここまでで $T(x) = \dfrac{\EPP - 1}{\EPP + 1}$ が得られた。 うん、いい感じだよね。 $T(2x)$ には $\EPP$ が出てくるから、これでうまくつながるね。 きっと、$\EPP = \REMTEXT{《$T(x)$の式》}$という形を作ればいいはず!」

ミルカ「ふむ」

の板書2》

$$ \begin{align*} T(x) &= \dfrac{\EPP - 1}{\EPP + 1} && \REMTEXT{板書1から} \\ T(x) \cdot \left( \EPP + 1 \right) &= \EPP - 1 && \REMTEXT{両辺に$\EPP + 1$を掛けて分母を払う} \\ T(x) \cdot \EPP + T(x) &= \EPP - 1 && \REMTEXT{左辺を展開した} \\ T(x) \cdot \EPP - \EPP &= - 1 - T(x) && \REMTEXT{$\EPP$を左辺に移項し、$T(x)$を右辺に移項} \\ \EPP \cdot \left(T(x) - 1 \right) &= -1 - T(x) && \REMTEXT{$\EPP$でくくった} \\ \EPP &= \dfrac{- 1 - T(x)}{T(x) - 1} && \REMTEXT{両辺を$T(x) - 1$で割った} \\ \EPP &= \dfrac{1 + T(x)}{1 - T(x)} && \REMTEXT{分子分母に$-1$を掛けて整理} \\ \end{align*} $$

「ここまでで $\EPP = \dfrac{1+T(x)}{1-T(x)}$ が得られた。 順調に$\EPP = \REMTEXT{《$T(x)$の式》}$になったよね」

ミルカ「そして順調に減点だな」

「え? どこか違ってた?」

ミルカ「君は式変形の途中で $T(x) - 1$ で割ったようだが」

「割ったけど……おっと! 《ゼロ割》の危険性か!」

ミルカ「そう」

「確かに……ええと、 $T(x) - 1$ が $0$ に等しくなることはあるか《要確認》だね。 もしそうなる $x$ があれば条件がそこで加わってしまう」

《要確認》

実数全体を定義域とする関数 $T(x)$ を以下のように定義する。

$$ T(x) = \dfrac{\EPMminus}{\EPMplus} $$

このとき、 $T(x) - 1 = 0$ を満たす実数 $x$ は存在するか。

ミルカ「まあこれはすぐにわかるが」

「そうかなあ」

ミルカ「これこそ計算問題」

「……あ、そうだね。単に式を書いてみればいいだけか」

の板書3》(《要確認》を考える)

$$ \begin{align*} T(x) - 1 &= \dfrac{\EPMminus}{\EPMplus} - 1 && \REMTEXT{$T(x)$の定義から} \\ &= \dfrac{\EPP - 1}{\EPP + 1} - 1 && \REMTEXT{板書1から} \\ &= \dfrac{\EPP - 1}{\EPP + 1} - \dfrac{\EPP + 1}{\EPP + 1} && \textbf{通分} \\ &= \dfrac{\EPP - 1 - (\EPP + 1)}{\EPP + 1} && \textbf{引き算} \\ &= \dfrac{-2}{\EPP + 1} && \REMTEXT{計算した} \\ \end{align*} $$

分子が $-2$ だから、この式は $0$ にならない。 よって、どんな実数 $x$ に対しても $T(x) - 1 \neq 0$ がいえた。

《要確認》の答え

$T(x) - 1 = 0$ を満たす実数 $x$ は存在しない。

ミルカ「ふむ」

「だから $T(x) - 1$ は $0$ に等しくなることはない。だから、安心して割り算していい」

ミルカ「では、先に進もう」

「えっと、$\EPP = \REMTEXT{《$T(x)$の式》}$まで来たんだよね。この式が成り立つ」

$$ \EPP = \dfrac{1 + T(x)}{1 - T(x)} \qquad \REMTEXT{板書2から} \\ $$

ミルカ「……」

「村木先生のカードでは、 $T(2x)$ を $T(x)$ で表すんだから、 $T(2x)$ に出てくる $\EPP$ の部分を $\dfrac{1 + T(x)}{1 - T(x)}$ で置き換えればおしまいになる」

ミルカ「急ごう」

「はいはい」

の板書4》($T(2x)$ を $T(x)$ で表す)

$$ \begin{align*} T(x) &= \dfrac{\EPMminus}{\EPMplus} && \REMTEXT{板書1から} \\ T(2x) &= \dfrac{\EPPMMminus}{\EPPMMplus} && \REMTEXT{上の式の$x$を$2x$に変えた} \\ \end{align*} $$

上の式の右辺を $T(x)$ で書くのが目標だ。

$\EMM$ は $\EPP$ の逆数だから、次の二式が成り立つ。

$$ \left\{\begin{array}{llll} \EPP &= \dfrac{1 + T(x)}{1 - T(x)} && \REMTEXT{板書2から} \\ \EMM &= \dfrac{1 - T(x)}{1 + T(x)} && \REMTEXT{上の逆数} \\ \end{array}\right. $$

ここまでで準備ができた。 $T(2x)$ の分子と分母を順番に計算する。

$$ \begin{align*} & \REMTEXT{《$T(2x)$の分子》} \\ &= \EPPMMminus \\ &= \dfrac{\OTplus}{\OTminus} - \dfrac{\OTminus}{\OTplus} \\ &= \dfrac{\OTplusPAR^2}{\OTplusPAR\OTminusPAR} - \dfrac{\OTminusPAR^2}{\OTplusPAR\OTminusPAR} && \REMTEXT{通分} \\ &= \dfrac{\OTplusPAR^2 - \OTminusPAR^2}{\OTplusPAR\OTminusPAR} \\ &= \dfrac{4T(x)}{\OTplusPAR\OTminusPAR} && \REMTEXT{計算した} \\ \end{align*} $$

$$ \begin{align*} & \REMTEXT{《$T(2x)$の分母》} \\ &= \EPPMMplus \\ &= \dfrac{\OTplus}{\OTminus} + \dfrac{\OTminus}{\OTplus} \\ &= \dfrac{\OTplusPAR^2}{\OTplusPAR\OTminusPAR} + \dfrac{\OTminusPAR^2}{\OTplusPAR\OTminusPAR} && \REMTEXT{通分} \\ &= \dfrac{\OTplusPAR^2 + \OTminusPAR^2}{\OTplusPAR\OTminusPAR} \\ &= \dfrac{2\left(1 + T(x)^2\right)}{\OTplusPAR\OTminusPAR} && \REMTEXT{計算した} \\ \end{align*} $$

「$\OTplusPAR\OTminusPAR$ は《$T(2x)$ の分子》と《$T(2x)$ の分母》で共通だから、約分で消える。 《$T(2x)$ の分子》は $4T(x)$ で、 《$T(2x)$ の分母》は $2\left(1 + T(x)^2\right)$ になる。さらに $2$ で約分して…… うん、結局これが答えかな」

村木先生のカード(解答)

$$ T(2x) = \dfrac{2T(x)}{1 + T(x)^2} $$

ミルカ「そうだね。ちゃんと出てきた」

「出てきたって、何が?」

ミルカ《倍角公式》だよ」

「倍角公式?」

ミルカさんは何を言ってるんだろう。

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(2014年5月30日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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