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第95回 シーズン10 エピソード5
領域の利用、一気に(前編)

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の部屋

「ユーリ、なに遊んでるの?」

ユーリ「……」

「無言か。ゲームだな」

ユーリ「……いま忙しいから、あとで」

「ひとの部屋に来て『忙しいから』もないと思うんだけどな。何のゲーム?」

ユーリ「あっ! やられた! 話しかけないでって言ったのにー!」

「やっぱりゲームか。どんなの?」

ユーリ「お掃除ゲーム。この大きな丸いのを動かして、 この小さなフワフワを食べてくんだよ。 食べてくと、この丸いのはどんどん大きくなる」

「なるほど。時間内に全部食べればいい?」

ユーリ「そーそー。でも、大きくなると、角のが食べにくくなるから、 小さいうちに食べとかなきゃいけないの」

「やってみたいな」

ユーリ「お兄ちゃんは勉強で忙しいんでしょ? ……ま、一回だけなら貸したげてもいーよ」

「どれどれ……あれ? これは?」

ユーリ「うわー、いきなりレッド食べますか。それ食べるとしびれて動けなくなる。アウトー」

「知らないよ、そんなの!」

円の半径

「食べるたびにこの円は $r$ が大きくなっていくんだね」

ユーリ「アール?」

「円の半径だよ。 ほら、円の方程式は $x^2 + y^2 = r^2$ って書くだろ。あの $r$ だよ」

ユーリ「お兄ちゃん、こないだ円の方程式は $x^2 + y^2 = 1$ って言ってなかった?」

「それは半径が $1$ の場合だね。つまり、単位円のとき。 そのときは半径 $r$ が $1$ に等しいから、 $x^2 + y^2 = r^2$ という式は、 $x^2 + y^2 = 1$ と書けることになる」

ユーリ「あーそかそか。それだけのことね」

中心が $(0,0)$ で、半径が $r$ の円の方程式

$$ x^2 + y^2 = r^2 $$

中心が $(0,0)$ で、半径が $1$ の円の方程式

$$ x^2 + y^2 = 1 $$

「ユーリのこのゲームだと、円がどんどん大きくなっていくよね。 ということは、この $r$ がどんどん大きくなっていってるといえるね」

ユーリ「$r$ が $1,2,3,\ldots$ みたいに?」

「そうそう。もちろん、そんなふうに正の整数の値を取らなくてもいいよ。 $1.5$ とか $3.7$ みたいな値でもいい。とにかく $r$ が大きくなれば、 $x^2 + y^2 = r^2$ という方程式が表す円は大きくなっていく」

ユーリ「ふーん」

半径 $r$ が大きくなると、 $x^2 + y^2 = r^2$ が表す円は大きくなる

「逆に $r$ がどんどん小さくなって……ゼロに近づけば近づくほど、 $x^2 + y^2 = r^2$ という方程式が表す円は小さくなる」

ユーリ「……」

半径 $r$ が小さくなると、 $x^2 + y^2 = r^2$ が表す円は小さくなる

「ん? 何かおかしい? そんなに難しい話はしてないよね?」

ユーリ「ねーお兄ちゃん。 $r = 0$ になったらどーなるの?」

「$r = 0$ になったら一点になるから、ふつうは円とは呼べないね。まあ半径がゼロの円と言ってもいいけど」

ユーリ「なに急に顔赤くしてんの?」

「赤くなんかしてないよ。 $x^2 + y^2 = 0^2$ を満たすような点 $(x,y)$ は、 $(0,0)$ しかない。だからこの方程式を満たす点は原点の一点だけだよ」

ユーリ「そっから先は?」

「先って?」

ユーリ「$r$ を小さくして、ゼロの先。マイナスになったらどーなるの?」

「マイナス! 半径は長さだからマイナスにはならないね」

ユーリ「でも、 $x^2 + y^2 = r^2$ だったら、 $r$ は二乗してるじゃん? だったら、 $r$ がマイナスでも大丈夫だよ」

「うん、それはそうだなあ。もしも $r < 0$ だとしたら、 $x^2 + y^2 = r^2$ が表している図形は、 原点が中心で半径が $\ABS{r}$ になる円と呼べるね。 半径が $r$ の絶対値ということ」

ユーリ「ふんふん。 $r$ がすごくマイナスになったら、すごく大きな円になるわけ?」

「そうなるね」

文字が表しているもの

「だから、円の方程式 $x^2 + y^2 = r^2$ を見たときには、 $r \GEQ 0$ だったら $r$ は円の半径を表しているといえるけど、 $r < 0$ だったら、 $r$ は円の半径を表しているとはいえない」

ユーリ「ふんふん」

「数式を見たときには、そこに出てくる文字が何を表しているかをちゃんと 確かめておかないといけないよ」

ユーリ「おー、ひさびさの教師トーク!」

「なんだそれ」

ユーリ「$r$ は、まあいーんだけど、 $x$ と $y$ は何を表してるの? これも文字でしょ?」

「$x$ は点の $x$ 座標で、 $y$ は点の $y$ 座標だよ。 もう少しちゃんといえば、 $x^2 + y^2 = r^2$ が表している円の、 円周上にある点の座標 $(x,y)$ を表している」

ユーリ「お兄ちゃん、そーゆーの、練習してんの?」

「そういうのって何のこと?」

ユーリ「円の半径とか点の座標とか、さくさくさくって答えるじゃん。 劇の台本読むみたいに練習してんの?」

「そんなことないけど、数学の本読んだり、問題を解いたりするときに、 心の中で毎回確かめているからじゃないかな。 『この式の $r$ って何だっけ』とか『ここでは $x$ は何を表しているかな』みたいに、 自分で確かめながら本を読んでいる。だから、さっと言えるんだと思うよ」

ユーリ「へー」

円を動かす

「そうだ。さっきは半径 $r$ を変えて、円を大きくしたり小さくしたりしたよね」

ユーリ「そーだね」

「今度は横に動かしてみよう。ほら、ユーリのゲームでも、 大きな丸いのが動いてた。円を右に動かしてみよう」

ユーリ「ほほー」

問題1(円を動かす)

方程式 $x^2 + y^2 = r^2$ で表されている円 $O$ がある。

この円 $O$ を $x$ 軸の正の向きに $3$ だけ移動した円 $Q$ の方程式を求めよ。

「どう?」

ユーリ「この問題って円 $O$ を $3$ だけ動かすってことでしょ。 だったら、 $x$ に $3$ を足せばいーんじゃないの?」

「そうなんだけど、そこをきちんと答えるのが大事。 円 $O$ を動かしてできる円 $Q$ の方程式はどうなる?」

ユーリ「だから、 $x+3$ にすればいい」

「……」

ユーリ「$(x + 3)^2 + y^2 = r^2$ じゃないの?」

「違うんだよ、ユーリ」

ユーリ「違うの?」

「違うんだ。 $(x + 3)^2 + y^2 = r^2$ だと、 円は $3$ だけ左に移動してしまう。 期待した動きとは逆になってしまうんだ」

方程式 $(x+3)^2 + y^2 = r^2$ が表す図形

ユーリ「でもね、お兄ちゃん。 点 $(x,y)$ を右に $3$ 動かした点は $(x+3,y)$ でしょ?」

「その通りだよ。ユーリ、それは正しい」

ユーリ「ねーお兄ちゃん。何か気分悪い」

「どうした?」

ユーリ「何だかお兄ちゃん、ユーリがまちがっているの楽しそうなんだもん」

「違う違う。お兄ちゃんはユーリがまちがうのを楽しんでいるんじゃない。 お兄ちゃんも、ユーリと同じまちがいをしたの、思い出したからなんだ」

ユーリ「へー?」

「点 $(x,y)$ を右に $3$ 動かした点は $(x+3,y)$ になる。これは正しい」

点 $(x,y)$ と $(x+3,y)$ の位置関係

ユーリ「うん」

「でも、円 $x^2+y^2 = r^2$ を右に $3$ 動かした円の方程式は、 $(x+3)^2 + y^2 = r^2$ じゃなくて、 $(x-3)^2 + y^2 = r^2$ なんだ」

円 $x^2+y^2 = r^2$ と $(x-3)^2+y^2$ の位置関係

ユーリ「うわー、納得できなーい」

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(2014年11月7日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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