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第106回 シーズン11 エピソード6
ラティス・サラダ(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/ビットとバイナリー』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/ビットとバイナリー』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

瑞谷先生:司書の先生。定時が来ると下校時間を宣言する。

(なお、第105回と第106回は、時系列的に第103回よりも前になります)

図書室にて

ここは高校の図書室。いまは放課後。

ミルカさんは二人でビットパターンについて話していた。

「それにしても、言われてみれば当たり前だけど《ビットパターン》と《部分集合》と《約数》から同じ図が現れるというのは、 おもしろい話だな。まったく違う分野なのに(第105回参照)」

ミルカ「これらの間には《同じ構造》があることが明確にわかる」

「構造?」

ミルカ「代数構造と順序構造」

「うーん……」

ミルカ「ラティスだね」

「ラティス?」

ミルカ「ラティス。日本語だと《束》(そく)と呼ぶ」

ラティス

「ぜんぜんイメージが湧かないなあ」

ミルカ「さっきから《ハッセ図》でイメージを描いているじゃないか」

「ハッセ図っていうのは……ああ、これのことか」

ミルカ「そう。これはハッセ図の例。 《大きい》要素を上に置き、《小さい》要素を下に置く。 《大きい》といっても、正確には《等しいかまたは大きい》という関係のことだが。 ハッセ図では、《大小関係》がある二要素の間を辺でつなぐけれど、すべてをつなぐわけじゃない。 二つの異なる要素 $x$ と $y$ をつなぐのは、 $x$ と $y$ の間に他の要素が入り込まないときだけ」

「『入り込まない』というのは、その大小関係に関してという意味だね。 $x \LEQ m \LEQ y$ のような要素 $m$ がないという……」

ミルカ「そう」

「ハッセ図のように表現できるものがラティスということ?」

ミルカ「もしも、イメージを求めるならば。 図に描けるのは要素数が有限で、簡単なラティスだけれど」

と言いながらミルカさんは微笑んだ。

ところで、今日のミルカさんは、いつもよりも顔が赤いような気がする。 ほんとに熱があるんじゃないだろうか。

「それで、そのラティスは代数構造と……」

ミルカ「代数構造と順序構造を持っている。 君はもう群を知っている。群も代数構造だな。 群には《積》と呼ばれる一つの演算があった」

「うん、そうだね」

ミルカ「ラティスが持つ代数構造には《結び》と《交わり》という二つの演算がある。 そして、ラティスが持つ順序構造には《大小関係》という一つの関係がある」

「ちょっと待ってよ、ミルカさん。早い早い。 群は知っているし、積と呼ばれる抽象的な演算を考えることも知ってる。 いくつかの公理を満たす演算だよね。計算を進めたり、 式を変形していくから、群が代数構造を持っているというのは何となくわかる。 でも、順序構造というのがよくわからないんだけど」

順序を入れる

ミルカ「そう? ここでいう《順序》は、 一般的な意味の順序ではない。 つまり、国語辞典に書かれている意味での順序ではなく、数学的な用語だ」

「あ、それはわかっているよ」

ミルカ「だったら、『集合に順序を入れる』というのもすぐにわかる。 《大小関係》を表すための演算を一つと、その公理を定義するだけだから」

「そうか。『集合に群を入れる』のと同じように、 『集合に順序を入れる』ということもできるわけか」

ミルカ「そう。たとえば実数全体の集合には、 私たちがよく知っている大小関係という順序が入っている。 数としての大小関係のことだ。 しかし、一般的な集合の場合には、そのような、よく知っている大小関係が前もって与えられているとは限らない。 たとえば、 $4$ ビットのビットパターン全体の集合の中で、 ビットパターン $0101$ と $1100$ ではどちらが《大きい》か?」

「$2$ 進数として解釈すれば、 $(0101)_2 = 5$ で、 $(1100)_2 = 12$ だから、 $0101$ よりも $1100$ の方が大きいね」

ミルカ「その解釈こそが大小関係を与えているわけだよ。ねえ、君」

「まあ、そうだけど……」

ミルカ「他の解釈ももちろん可能だ。たとえば、このハッセ図を見てわかるとおり、 $0101$ と $1100$ をつないでいる辺はないし、 片方から他方へ辺をたどって上っていくこともできない。 つまり、 $0101$ と $1100$ の間には、 ある解釈のもとでは、 どちらが《大きい》ともいえないことになる」

このハッセ図では、 $0101$ と $1100$ ではどちらが《大きい》かはいえない

「ねえ、ミルカさん。どちらが大きいかいえないのに、順序を入れたといえるの?」

ミルカ「そこだよ。数学で順序を考えるときには、その区別をつけて考える。 すなわち、どの二つの要素の間にも大小関係がある順序を《全順序》と呼び、 そうではないものを《半順序》と呼ぶ。 実数全体の集合はどの二つの要素を選んでも大小関係があるから全順序。 このビットパターンの場合には半順序になる。半順序では《比べられるとは限らない》わけだ」

全順序と半順序

「全順序と半順序か……」

ミルカ「話が飛んだな。 では、試しに、集合 $S$ に順序を入れてみよう」

「集合 $S$ に順序を入れるというのは……」

ミルカ「集合 $S$ の要素の間の大小関係を表す演算を定義するということ」

「なるほど。 $\LEQ$ を定義するわけだね」

ミルカ「そう。だが、順序を一般的に考えるときには、 数の大小関係に惑わされないように、大小関係を表す演算子に $\LEQ$ ではなく $\LEQX$ を使うことが多い。 不等号をちょっと曲げてある。 $x$ と $y$ と $m$ を集合 $S$ の要素としたとき、以下の三つが順序の公理になる」

順序の公理

($x$ と $y$ と $m$ を集合 $S$ の要素とする)

【反射律】 $S$ の任意の要素 $x$ について $x \LEQX x$ である。

【反対称律】 $x \LEQX y$ かつ $y \LEQX x$ ならば $x = y$ である。

【推移律】 $x \LEQX m$ かつ $m \LEQX y$ ならば $x \LEQX y$ である。

「うーん。群のときも思ったんだけど、 これって、実数のことを考えると当たり前に見えちゃうんだよね。 たとえば、最初の反射律だけど、 $x \LEQX x$ を見たとき、 そりゃそうだと考えてしまう。自分は自分以上だから」

ミルカ「君がいま言った言葉《実数のことを考えると当たり前に見える》 というのこそ、当たり前じゃないか。 反射律を満たしている実数全体の集合を想像しているから、反射律を満たしているわけだろう」

「まあそうなんだけどね。大小関係ならそりゃ反射律は満たすだろうけどね」

ミルカ「そんなことはない。大小関係といっても、 たとえば、実数の $<$ は反射律は満たさない」

「そうか……それもそうだね」

ミルカ「順序の公理では、反射律・反対称律・推移律。 この三つを使って《順序》という言葉の意味を厳密に定めようとしている」

「そう考えていくと、反対称律は等号を作り出しているといえそうだ」

【反対称律】 $x \LEQX y$ かつ $y \LEQX x$ ならば $x = y$ である。

ミルカ「そう考えるのもいいけれど、 私は $\LEQX$ と $=$ という二つの演算子の相互関係を述べていると読んだ」

「まあこれも当たり前っぽく見えるよね」

ミルカ「この反対称律は、どんな関係を排除しているかを考えるとよく理解できる」

「排除しているってどういう意味?」

ミルカ「いま、集合 $S$ に順序を入れようとしている。 もしも、反対称律が満たされなかったら、 私たちが求めている《順序らしさ》の一部を失うはずだ。 反対称律の存在によって守られている《順序らしさ》とはいったい何か」

「抽象的なクイズだなあ……ええと、 反対称律がなかったらどうなるかを考えればいいよね」

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(2015年2月13日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/ビットとバイナリー』

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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