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第125回 シーズン13 エピソード5
まちがった正しさ(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。

$ \newcommand{\ABS}[1]{|#1|} \newcommand{\GEQ}{\geqq} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} $

僕の家

ユーリはリビングでテレビを見ていた。

「ほらほら、またこれだよ」

ユーリ「何が?」

「いまのニュースに出ていたじゃないか」

ユーリ「え? 何が出たっけ」

「グラフだよ。よく出るんだよ」

ユーリ「意味わかんない。そりゃグラフが出るときもあるよね。 さっきは何だっけ。よく見てなかったけど……折れ線グラフ?」

「そうだね。ねえ、ユーリはグラフのこと《わかりやすい》と思う?」

ユーリ「来たな。お兄ちゃんの《先生トーク》。その手には引っかからないよーだ!」

「先生トークなんてしてないよ」

ユーリ「してたしてた。『グラフのこと《わかりやすい》と思う?』なーんて、当たり前の質問するじゃん? そこに引っかかって、 『そーだね! わかりやすいと思うよ』って答えるじゃん? そしたらお兄ちゃんは『そう思うよね、でも違うんだ』と上から目線で言う。 なんとゆーお決まりの流れ。これを《先生トーク》と言わずになんと呼ぶ」

「いきなり饒舌になったな」

ユーリ「そろそろ《饒舌才媛》の二つ名も、ユーリのものかにゃ?」

「それはさておき、グラフのこと《わかりやすい》と思う?」

ユーリ「……そりゃー、わかりやすいんじゃない? だってさ、数字がばらばら並んだ表を見せられてもよくわかんないもん。 グラフのほうがずっとわかりやすい」

「そう思うよね。でも違うんだ」

ユーリ「……」

「世の中の多くの人が、グラフのことをわかりやすいと思う。 確かに、表を見るよりもグラフのほうがパッとみてわかる……ように感じる」

ユーリ「でも違う?」

「うん。パッとみてわかるのはいいんだけど、問題は《グラフを見たときに、ほんとうに正しくわかるか》なんだよ」

ユーリ「えー、見てわかるなら、そりゃ、正しくわかるんじゃない?」

「具体的なグラフを作ってみよう。ちょっとテレビ切って」

ユーリ「へーい」

表を作る

「これから話すのは架空のデータだよ。たとえば……そうだなあ、ある会社の社員数を調べるとする」

ユーリ「ふんふん? たとえば『ユーリ法律事務所』とか」

「法律事務所? まあ、何でもいいんだけどね。ユーリが社長なのかな」

ユーリ「ふふ」

「ともかく、その会社の社員数を考える。初めの年、つまり $0$ 年目は社員が $100$ 人で、 $1$ 年目は $117$ 人とするよ。たとえば」

ユーリ「$1$ 年目、社員が増えたんだ」

「そうそう。さらに、毎年調べると、 $126$ 人、 $133$ 人、 $135$ 人、 $136$ 人と変化していった……としよう」

ユーリ「いやー、そんなにペラペラ数字を言われましても」

「うん、だから、こういうときには表を作るといいよね。 表を使えば、毎年の社員数がはっきりとわかる」

ユーリ「そだね」

社員数の表を作る

$$ \begin{array}{c|cccccccc} \REMTEXT{年数} & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 \\ \hline \REMTEXT{人} & 100 & 117 & 126 & 133 & 135 & 136 \\ \end{array} $$

「これを見ると……何がわかる?」

ユーリ「社員数がわかる」

「そうなんだけど、ほかにどんなことがいえる?」

ユーリ「増えてる」

「うん、社員数が増えていることがわかるね。数字を順番に見ていくとだんだん増えているから」

ユーリ「簡単じゃん」

「この会社の社長が……ユーリ社長が、表をもとにして、社員数の変化のようすを調べようと思った。 その場合は、たとえば、折れ線グラフを描いてみることになる。 棒グラフでもいいけど」

ユーリ「うん」

「折れ線グラフを作るのは難しくないよね。こんな感じになる」

社員数の折れ線グラフ

ユーリ「うん、問題ないよ。やっぱり社員数は増えてるね。まー少しずつだけど」

「でも、ユーリ社長はこれが気にくわない」

ユーリ「は?」

大きく見せたい

「ユーリ法律事務所を経営している社長のユーリは、社員数の増加が少しずつなのが気にくわないとする」

ユーリ「じゃ、たくさん雇えばいいじゃん」

「なかなかそうもいかない。だから、こんなことを考えた。『グラフを修正して、社員数の増加が大きいように見せてやろう!』

ユーリ「データのカイザンだ!」

「いやいや、データを改竄するわけじゃない。正義感あふれるユーリ社長は、そんなことしないよね?」

ユーリ「もちろんじゃ」

「グラフの下をちょっと切り取るだけだよ。こんなふうに」

下を切り取った折れ線グラフ

ユーリ「ほほー。確かに、社員がぐっと増えたように見える……かな」

「グラフを見るときに大事なことは何だか知ってる?」

ユーリ「大事なこと……軸を見るだっけ」

「そうだね! グラフを見るときには必ず目盛りをチェックするんだよ」

ユーリ「はいはい、センセー」

「下を切り取ったグラフの縦軸をよく見ると、『ここを省略してますよ』という波線が入っているよね、ほら」

ユーリ「あるねー」

「だから、データの改竄をしているわけでもないし、折れ線グラフに何かウソがあるわけでもない。 つまりこれは《正しいグラフ》だよね」

ユーリ「うん、正しーっちゃ正しーけど……」

「でも、ユーリ社長はこれでも気にくわない」

ユーリ「は?」

もっと大きく見せたい

「グラフの下を切り取っただけだと、社員数の増加はそれほど大きく見えない」

ユーリ「だって、データは同じなんだもん」

「そこで、こんなふうにグラフを縦に引き延ばしてみた」

切り取ってさらに引き延ばした折れ線グラフ

ユーリ「何これすごい! ってか、何これひどい! 社員数がめちゃめちゃ増えてるみたいじゃん!」

「でも、グラフでウソをついているわけじゃない。グラフの縦軸の目盛りをよく見ると、 さっきの《下を切り取った折れ線グラフ》よりも間隔が大きくなっているから、 グラフが表している数値そのものを改竄しているわけじゃない。 だから、これも《正しいグラフ》といえる」

ユーリ「……ねー、お兄ちゃん。確かにそーかもしんないけど、 ユーリは正しくないと思っちゃう。だって、社員数の増加が実際よりも大きく見えるもん」

「そうだね。そこは大事なところ。そして微妙なところでもある。 繰り返しになるけれど……下を切り取っても、 さらに引き延ばしても、表している数値をごまかしているわけじゃないから、 あくまでこれは正しいグラフといえるんだよ。 ただし、そこにグラフを作る人の意図が入り込んでいることは確かだね」

ユーリ「意図?」

「そう。グラフを使って社員数の増加を大きく見せたい、という意図だね」

ユーリ「そんなのまちがっている!」

「ところが必ずしもそうじゃない。さっきのように切り取って引き延ばすと、 細かい変化の様子が拡大されてよくわかるようになる。 つまり、場合によってはデータのようすをはっきりと見せることになるんだ。 切り取ったから悪い! 引き延ばしたからまちがっている! のようにいちがいに決めつけることはできないんだよ」

ユーリ「そーかなー」

「だから、グラフを見る側のほうで注意深く読み取る必要がある」

ユーリ「どゆこと?」

「ここまでの話は《グラフを見せる側》の話だった。 グラフを見せる側が切り取って拡大して『ほらすごいだろ』といってきたときには、 《グラフを見る側》が『もしも下を切り取らなかったら、どんな印象を与えるグラフになるんだろう』と考えればいい。 そして、自分でグラフを作り直してみる。 そうすれば、ユーリ社長がいくら『社員数はこんなにすごく増加している!』とグラフで主張しても、 反論するグラフを作ることができるわけだね」

ユーリ「にゃるほど……」

「ところでここに、ユーリ社長に反旗を翻す専務が登場する」

ユーリ「は?」

もっと小さく見せたい

「専務だよ。専務は次期社長の座を狙っていて、社長の主張に反対したい……としよう。 つまり『実のところ、社員数はそれほど増加していない』という印象を、グラフを使って他の人に与えたいとする」

ユーリ「陰謀渦巻く会社だにゃ」

「そこで、こんな表を作った。社員数の《前年からの増加分》を考えることにしたんだ」

前年からの増加分を表にした

$$ \begin{array}{c|cccccccc} \REMTEXT{年数} & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 \\ \hline \REMTEXT{人} & 100 & 117 & 126 & 133 & 135 & 136 \\ \hline \REMTEXT{人(前年からの増加分)} & - & 17 & 9 & 7 & 2 & 1 \\ \end{array} $$

ユーリ「えーと、 $1$ 年目の $17$ 人は、 $117 - 100$ ってこと?」

「そうだね。 $0$ 年目は前年を考えないから、何もなし。 $-$ とだけ書いた. あとの $17,9,7,2,1$ は、それぞれ $117-100, 126-117, \ldots$ として……」

ユーリ「階差数列だ!」

「あ、そうなるね。前年からの増加分」

ユーリ「それで? これが何になるの?」

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(2015年7月31日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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