[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
Share

第202回 シーズン21 エピソード2
最初に最後を考えて(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

$ \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{\mathstrut #1}} \newcommand{\UL}[1]{\underline{#1}} \newcommand{\FBOX}[1]{\fbox{ $#1$ }} \newcommand{\GEQ}{\geqq} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\LL}{\left\langle\,} \newcommand{\RR}{\,\right\rangle} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} $

僕の部屋

ここはの部屋。 いとこのユーリは数列についておしゃべりをしている(第201回参照)。

「うん、だからね。 $1,-1,1,-1,\ldots$ のように $1$ と $-1$ が交互に現れる数列は、 $(-1)^n$ と表すこともできるし、 $(-1)^{n+2}$ と表すこともできるし、 $\cos n\pi$ と表すこともできるし、 $\sin \left(n\pi + \frac{\pi}{2}\right)$ と表すこともできる。 どれが正しいなんてことはないんだよ」

ユーリ「えー、 でもいきなりコサインで書く人はいないんじゃない?」

「確かにね。 $(-1)^n$ はシンプルでわかりやすいから」

ユーリ「そーだよ。わざわざ三角関数で……」

「ああ、でも、ミルカさんがおもしろいこと言ってたなあ。 『数列も関数だよ』って」

ユーリ「いまの、ミルカさまのモノマネのつもり? あんま似てない」

「いや……そういうわけじゃないよ。 ともかく、数列は関数と考えることができる。数列は関数の一種だという話をしてたんだ」

ユーリ「数列って、関数なの?」

「納得いかない?」

ユーリ「だって、数列って数が並んでるものじゃん?  でも、関数は……関数は……」

「関数は?」

ユーリ「関数は、わかんないけど、 もっとヒュンとしてる。ギュインって」

「なんだそりゃ」

ユーリ「だって、関数ってグラフみたいなものじゃん?  ヒュンと直線だったり」

「ギュインって放物線だったり?」

ユーリ「そーそー、そゆこと」

「確かに、 関数をグラフで表すというのはよくやることだね。 そして関数をグラフで表したときに直線や放物線になることも、もちろんある。 そこまではユーリは正しいよ」

ユーリ「うんうん。そーだ! 関数って $f(x)$ みたいなの!」

「そうだね。 $x$ の関数のことを $f(x)$ と表すこともある。 それも正しい。でもね、《関数とは何か?》って改めて聞かれたら、 ユーリはなんて答える?」

ユーリ「関数とは、何か……」

「そうだね。 つまり、関数の定義を聞かれていることになる」

ユーリ「関数の定義! 関数に定義なんてあるの?」

「そりゃあるよ。そうでなくちゃ、 関数についてきちんと考えることは難しいよね。 どんなものなら関数と呼ぶことができるか。 どんなものは関数と呼べないか。 それをはっきりさせてくれるのが定義だからね」

ユーリ「関数の定義なんて考えたこともなかったよー」

「だったら、いまが考えるチャンスだね」

ユーリ「『いまでしょ!』とか言わないの?」

「言わない」

$y = x + 1$ を考える

「関数を定義する前に、関数の例を見てみようか。 さっきユーリは直線とか放物線とかいってたよね」

ユーリ「うん。グラフ」

「たとえば、これは $y = x + 1$ という式で表されるグラフだよね」

$y = x + 1$ で表されるグラフ

ユーリ「そーそー、こーゆーの。これは直線でしょ?」

「そうだね。このグラフは直線になっていて、 $y = x + 1$ という式で表されている。 このグラフで $x$ の値が $0$ のとき、 $y$ の値は何になる?」

ユーリ「$x$ が $0$ なら、 $y$ は $1$ でしょ? $x$ に $1$ 足せば $y$ だもん」

$y = x + 1$ では、 $x = 0$ のとき、 $y = 1$ になる。

「そうだね、正解。 じゃあ、 $x$ の値が $5$ のとき、 $y$ の値は何になる?」

ユーリ「$1$ 足すから $6$」

$y = x + 1$ では、 $x = 5$ のとき、 $y = 6$ になる。

「うん。それでいいよ。このグラフで $x = 5$ のとき $y = 6$ だ」

ユーリ「カンタン。そんで?」

「だったら、 $x = -12345$ だったら?」

ユーリ「いきなりマイナス! えーと、 $y = -12344$ かにゃ?」

「そうだね。 $y = x + 1$ なんだから、 $x = -12345$ のときは $y = -12345 + 1 = -12344$」

$y = x + 1$ では、 $x = -12345$ のとき、 $y = -12344$ になる。

ユーリ「難しくない」

「次は難しいよ。 $x$ の値がユーリだったら、 $y$ の値は?」

ユーリ「は? なに言ってるですか? $x = \REMTEXT{ユーリ}$なんてありえないじゃん」

「それはどうしてだろう」

ユーリ「ユーリは数じゃないもん!  $\REMTEXT{ユーリ} + 1$なんて計算できない!」

「そうだね。このグラフの $x$ 軸にユーリは出てこないし、 犬も猫も出てこない」

ユーリ「おどろいちゃった」

「さっきから、 $y = x + 1$ というグラフを使って、 《$x$ の値がナントカのとき、 $y$ の値はナニになる?》 と聞いたけれど、この質問に答えるのが関数なんだよ」

ユーリ「何それ突然!」

関数の定義

「関数の定義をきちんと書くとこうなるよ、ユーリ」

関数の定義

二つの集合 $X$ と $Y$ を考える。

集合 $X$ のどんな要素 $x$ に対しても、 集合 $Y$ の要素 $y$ がたった一つ定まる規則 $f$ があるとしよう。

このとき、 $x$ に $y$ を対応付ける規則 $f$ のことを、集合 $X$ から $Y$ への関数 $f$ と呼ぶ。

そして、関数 $f$ が $x$ に対応付けている要素のことを、 $$ f(x) $$ と書く。

集合 $X$ のことを、関数 $f$ の定義域(ていぎいき)という。

集合 $Y$ のことを、関数 $f$ の終域(しゅういき)という。

※これは写像の定義。集合 $Y$ が数の集合のときを関数ということが多い。関数は写像の一種である。

ユーリ「意味わかんない」

「がく。ちゃんと読んだ?」

ユーリ「何となくわかるけど、わざとややこしく書いてない?」

「いやいや、抽象的だけど、ややこしくはないよ。イメージがわかりにくいかったら、こんな図はヒントになるよ」

ユーリ「どっちにしても、よくわかんない」

「確かに、定義は抽象的に見えることが多いかもね。 だからこそ、定義を見たときには具体例を作ることが大事なんだ。 ほら、《例示は理解の試金石》だから」

ユーリ「《例示は理解の試金石》だし《礼儀は社会の潤滑油》だよね」

「ちゃかさない。関数の定義を $y = x + 1$ に照らし合わせてみよう」

ユーリ「へーい」

「さっき僕たちは $y = x + 1$ というグラフで、 関数のことをぼんやりと考えたけど、 関数の定義に合わせてきちんと表してみよう」

ユーリ「ほほー」

「僕たちは $y = x + 1$ のグラフを考えるとき、 どんな実数 $x$ に対しても、実数 $y$ が対応付けられていると考えるよね」

ユーリ「それって、 $x$ に対して $y$ は $x + 1$ になるってこと言ってるの?」

「そうだよ。実数 $x$ に対して実数 $y$ がたった一つ決まる。 $y$ を決める約束、ルール、対応付け、規則が決まっている。 その規則のことを関数と呼ぶんだ」

ユーリ「はあ」

「さっきの《関数の定義》では最初に、 《二つの集合 $X$ と $Y$ を考える》 といってたけど、 $y = x + 1$ のときには集合 $X$ も $Y$ もどちらも《実数全体の集合》としていいよ」

ユーリ「実数全体の集合……」

「うん。 $y = x + 1$ のグラフを考えるとき、 $x$ 軸上のどんな点 $x$ を選んでも対応する $y$ が一つ決まった。 $x$ 軸上の点を一つ選ぶというのは、 実数を一つ選んでいるということ。 そしてそれに対して $y$ が決まるけど、 これは $y$ 軸上の点つまり実数を一つ決めていることになる」

ユーリ「まわりくどいけど、いーよ」

「しかも、 $y = x + 1$ というグラフでは、 実数 $x$ に対して実数 $y$ がたった一つだけ決まる。つまり……

  • $x$ に対して、 $y$ が決まらないということはない。
  • $x$ に対して、 $y$ が二つ以上決まるということもない。
  • $x$ に対して、決まった $y$ が実数以外ということもない。
……といえる」

ユーリ「おー! あたりまえで、めちゃめちゃくどいけど、確かに」

「どんな実数 $x$ に対しても、実数 $y$ がたった一つだけ対応して必ず決まる。 その対応の規則は、 さっきの例では $y = x + 1$ という式で表されていた。 もしもこの規則に $f$ という名前を付けるとしたら、 $$ y = x + 1 $$ のことを、 $$ y = f(x) $$ と書ける」

ユーリ「解説、乙。 でもにゃあ……あたりまえにわかってることを回りくどく言ってるみたい」

「まあね。でも、関数の定義で、 集合 $X$ と集合 $Y$ をきちんと決めておくことが大事だとわかるよね。 さっきの『$y = x + 1$ で $x$ の値がユーリだったら $y$ の値は何?』 という質問が無意味なのは、ユーリが実数じゃないからなんだよ」

ユーリ「はあ」

「関数 $f$ の定義に出てくる集合 $X$ のことを定義域というんだ」

ユーリ「ていぎいき」

「$f$ が関数なら、定義域にある要素 $x$ を選んだとき、 対応する値が一つ定まることが保証される。 それを $f(x)$ で表すんだね」

ユーリ「うーん……ねえお兄ちゃん。説明はわかったけど、 飽きてきちゃった。だって、何だかぜんぶあたりまえみたいなんだもん」

「うん、関数の定義はこのくらいにして、さっきの話に戻ろう」

ユーリ「さっきの話って何だっけ?」

「数列も関数だよ、って話」

無料で「試し読み」できるのはここまでです。 この続きをお読みになるには「読み放題プラン」へのご参加が必要です。

ひと月500円で「読み放題プラン」へご参加いただきますと、 420本すべての記事が読み放題になりますので、 ぜひ、ご参加ください。


参加済みの方/すぐに参加したい方はこちら

結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加

(2017年8月11日)

[icon]

結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

Twitter note 結城メルマガ Mastodon Bluesky Threads Home