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第244回 シーズン25 エピソード4
直線の限りを尽くして(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

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僕の部屋

は、数学が苦手なノナに座標平面と直線の話をしている。

$y = x$ という式が表している直線

「この直線にはだいぶ慣れてきたから、別の問題に挑戦してみよう。いっしょに考えてみようね!」

ノナ「はい $\NONAHEART$」

ユーリ「いっしょに考えよー!」

「じゃあ、今度は $y = x$ という直線じゃなくて、別の直線を描くよ。たとえば、 $y = 2x$ という式はこんな直線を表しているといえる」

$y = 2x$ という式が表している直線

ユーリ「カンタン、カンタン!」

「ノナちゃんは、わかる?」

ノナ「覚えてる……覚えています $\NONA$」

「覚えてるんだ。 $y = ax$ という式が表す直線を覚えているのかなあ」

ノナ「$y = ax$ は光みたいなの……遠くからの光みたいです $\NONA$」

「遠くからの光みたいって、どういうこと?」

ノナは、ささっと紙の上に線を描いた。

ユーリ「なーるほどー」

「遠くからの光か……これは $a$ の値を変えてたくさんの直線を描いたんだね。 $y = ax$ という一般的な形で」

ノナ「教科書に載ってた……載っていました $\NONA$」

「そこまでわかっているなら、話は早いよ。ノナちゃんはしっかりわかってる」

ノナ「ちゃんと覚えてるし $\NONA$」

「さっきの直線 $y = 2x$ に戻るけど、 $y = 2x$ という式は、 $2x = y$ と書いても、 $2x - y = 0$ と書いても、 $x - y = -x$ と書いても同じ直線を表している……というのは、 わかる?」

どの式でも同じ直線を表している

$$ \begin{align*} y &= 2x \\ 2x &= y \\ 2x - y &= 0 \\ x - y &= -x \\ \end{align*} $$

ノナ「…… $\NONAQ$」

「あれ?」

ユーリ「移項すればいーんでしょ? あたりまえじゃん」

ノナ「うーん $\NONAX$」

ノナは、ベレー帽からのぞいている前髪をいじり始めた。

不思議だ。

$y = ax$ が、原点を通る一般的な直線だとわかっているのに、 $y = 2x$ という式を変形しただけで同じ直線を表すとわからなくなる?

そんなこと、あるのかな。

ノナが何を理解していて、何を理解していないか、どうもとらえどころがない。

ノナの返事も要領を得ない(というか、そもそも言葉が少ない)。

でも、ときどき「ものすごく理解してる」ような印象がある。

不思議だ。

さてさて……

ユーリ「ノナ、ノナ。 $y = 2x$ で両辺入れ換えたら $2x = y$ じゃん。だから同じなんだよー」

ノナ「それはわかる $\NONA$」

ユーリ「$2x = y$ で、 $y$ を左辺に移項したら $2x - y = 0$ になるからこれも同じだし。ノナ、移項はできてたじゃん」

ノナ「移項は覚えてるよう $\NONA$」

「だったら、ノナちゃんはどこで引っかかっているんだろう」

ノナ「ぜんぶ……ぜんぶわかりません $\NONA$」

ユーリ「いやいやいや」

「いやいやいや」

ノナの「ぜんぶわからない」発言に対して、ユーリは声をハモらせながら顔の前で手のひらを振る。

練習したわけでもないのに、息がぴったり合ってるな。

「ねえ、ノナちゃん。 全部わからないってことはないからね。 ノナちゃんは座標平面上に点も打てるし、 $y = 2x$ という式がこの直線を表していることもわかってる。 それに $y = ax$ という一般的な直線のこともわかっている。 だから、全部わからないってことはないんだよ」

ノナ「ごめん……ごめんなさい $\NONAX$」

「いや、怒ってるわけじゃないから、謝らなくてもいいんだよ。 ノナちゃんは数学に興味があるんだよね。 だから僕は、少しでもノナちゃんが理解することの手伝いをしたい」

ノナは、こくんとうなずく。

「ノナちゃんが何をどのように理解しているかがわかるのは、ノナちゃん本人だけなんだよ。 だから『全部わからない』となっちゃうと困ってしまう」

ユーリ「そーそー!」

ノナ「怒ってない……怒ってないですか $\NONAQ$」

「怒ってなんかいないよ。 ノナちゃんが気になるところはどこだろう。 ノナちゃんは、 $y = 2x$ という式がこの直線を表していることはわかるんだよね」

ノナ「はい。覚えてます $\NONA$」

「それから、左辺と右辺を交換した $2x = y$ という式が同じ直線を表していることもわかる」

ユーリ「わかるよねー」

ノナ「はい……同じです $\NONA$」

「でも、 $2x - y = 0$ という式が同じ直線を表しているといわれると、何か引っかかる?」

ノナ「たぶん……同じです $\NONA$」

ユーリ「同じだよー」

「うん、ユーリちょっと待って。ノナちゃんは、 $2x = y$ で右辺の $y$ を左辺に移項したら $2x - y = 0$ になることは納得してる?」

$$ \begin{align*} 2x &= y && \REMTEXT{直線の式} \\ 2x - y &= 0 && \REMTEXT{右辺の$y$を左辺に移項して得られた式} \\ \end{align*} $$

ノナ「大丈夫……大丈夫です $\NONA$」

「それなのに、 $2x = y$ という式と、 $2x - y = 0$ という式とが、同じ直線を表していると納得できない……難しいなあ!」

ノナ「ごめん……ごめんなさい $\NONAX$」

「いやいや、テト……ノナちゃんは謝らなくてもいいよ」

ユーリ「お兄ちゃん! いま名前まちがえなかった?」

「ごめんごめん。 何だか、テトラちゃんを思い出しちゃって。テトラちゃんもよく謝るんだよね、なぜか。 理解できないことを謝る必要は何もないのに」

ユーリ「ひとの名前まちがえるって、かなりヤバいよ。それは謝る必要あるよ」

ノナ「悪いから……悪いからです $\NONA$」

「悪いって何が?」

ノナ「すぐに答えられないのが悪いから謝るの……謝るんです $\NONA$」

ユーリ「いやいやいや」

「いやいやいや」

またもや、息ぴったり。

「すぐに答えられなくても悪いことは何一つないよ。 考えるとき、時間はたっぷり掛けていいんだ。もちろんテストなんかは困るけど、 ふだん数学を考えるときには、時間はたっぷり掛ける。 だって、僕たちが学んでいる数学はめちゃめちゃ頭がいい数学者たちが、 とんでもなく長い時間を掛けて考え抜いてきたものなんだよ」

ユーリ「早口」

「おっとっと……それでね、そんな数学を僕たちは学ぼうとしている。 『ぱっと聞いて、さっと答える』ことよりも、 『ゆっくり聞いて、じっくり考えて、しっかり答える』ことが大事なんじゃないかなあ」

ノナ「移項しても答えが出ないから……出なくてもいいんですか $\NONAQ$」

「はい?」

ノナ「$2x = y$ で $2x - y = 0$ だと $x = $ にならない……なりません $\NONAX$」

難易度高いなあ……とは思う。

ノナの言葉を読み解くのはすごく難しい。そして、もどかしい。

でも、 ノナは支離滅裂なことを言ってるわけではないように見える。

彼女の中には一貫した考え方が何かあるように思える。

難易度が高いと感じるのは、 ノナの考え方がユーリとずいぶん違うからだ……たぶん。

ノナがどう考えているかを探りたい。

彼女が何に引っかかっているのかを確かめたい。

彼女がどう考えているのかを解きほぐしたい。

でも、その手がかりはノナの頭の中に隠されていて、は直接それに触れることはできない。

ベレー帽の中にある頭脳の動きを彼女自身が調べて、 なんとか外に出してくれないと、 手助けするのは難しい。

とても、難しい。

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(2018年12月7日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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