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第276回 シーズン28 エピソード6
放物線をつかまえて:ボールが止まってわかること(後編)

書籍『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』

この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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高校にて

テトラちゃんは、ニュートンの運動方程式を使ってボールの投げ上げについて考えている。

  • 地上からの高さを $x$ 軸で表すことにする(上を正の向きとする)。地表を原点とする。
  • 質点の質量を $m$ とする。
  • 時刻を $t$ で表す。
  • 投げ上げる瞬間の時刻を $t = 0$ とする。
  • 時刻 $t$ における質点の位置を $h(t)$ で表す。
  • 時刻 $t$ における質点の速度を $v(t)$ で表す。
  • 質点の初めの位置を $h(0) = 0$ とする。
  • 質点の初速度を $v(0) = v_0$ とする。
  • 重力加速度の大きさを $g$ とする。

地表から投げ上げたときの速度の大きさと、 地表に戻ってきたときの速度の大きさが等しくなることを示したところ(第275回参照)。

「他にもいろんなことがわかる。 たとえば、ニュートンの運動方程式を使って、ボールがどこまで高く上がるかも求められるよね」

テトラ「高さの最大値を求める……ということでしょうか」

「そうそう。高さを表している関数 $h(t)$ の最大値を求めることになる。 僕たちはニュートンの運動方程式をもとにして、 時刻 $t$ における速度 $v(t)$ と、高さ $h(t)$ を手に入れているから、それを活用できる」

($\heartsuit$)投げ上げた質点の、時刻 $t$ における速度 $v(t)$ と高さ $h(t)$

$$ \left\{\begin{array}{llll} v(t) &= -gt + v_0 \\ h(t) &= -\tfrac12gt^2 + v_0t \\ \end{array}\right. $$

ここで、 $v_0$ は投げ上げるときの初速度、 $g$ は重力加速度の大きさを表す。また、地表の高さを $0$ としている。

テトラ「……」

「高さ $h(t)$ は $t$ の二次関数になっていることは式の形からすぐにわかる。 だから、《投げ上げたボールがどこまで高く上がるか》という問題は、 《二次関数 $h(t)$ の最大値は何か》という問題になるわけだね」

テトラ「《物理学の世界》と《数学の世界》が、本当に、全部つながるんですねえ…… 《投げ上げたボールがどこまで高く上がるか》という物理学的なお話が、 《二次関数 $h(t)$ の最大値は何か》という数学的なお話にきれいに移されるわけですから」

「うん、そうだね。最大値を求めるために……」

テトラ「あっ、あたしがやりますっ! 平方完成するんですよね?」

「え?」

テトラ「ええと……こうなります」

$$ \begin{align*} h(t) &= -\frac12gt^2 + v_0t && \REMTEXT{($\heartsuit$)から} \\ &= -\frac12g\left(t^2 - \frac{2v_0}{g}t\right) && \REMTEXT{$-\frac12g$でくくった} \\ &= -\frac12g\left(\left(t - \frac{v_0}{g}\right)^2 - \left(\frac{v_0}{g}\right)^2\right) && \REMTEXT{平方完成} \\ &= -\frac12g\left(t - \frac{v_0}{g}\right)^2 + \frac12g\left(\frac{v_0}{g}\right)^2 && \REMTEXT{外のカッコを外した} \\ &= -\frac12g\left(t - \frac{v_0}{g}\right)^2 + \frac{v_0^2}{2g} && \REMTEXT{最後の項を計算した} \\ \end{align*} $$

「うーん……」

テトラ「何か変ですか? これで合ってますよね? $$ h(t) = -\frac12g\left(t - \frac{v_0}{g}\right)^2 + \frac{v_0^2}{2g} $$ カッコの中が $0$ になるときが最大ですから、 $h(t)$ は、 $t - v_0/g = 0$ のとき最大値 $v_0^2/2g$ を取ることになると思うんですが……」

「いや、もちろん計算は正しいよ。最大値 $v_0^2/2g$ になるから、ボールはその高さまで上がる」

テトラ「はい」

「でも、僕だったら $v(t) = 0$ から始めるかな。 ボールを投げ上げて最も高く上がったとき、 速度は $0$ になっているから、 $v(t) = 0$ を満たす $t$ を求めるんだ。 $$ \begin{align*} v(t) &= -gt + v_0 && \REMTEXT{($\heartsuit$)から} \\ \end{align*} $$ ここで $v(t) = 0$ を満たす $t$ を求めるというのは、 $$ -gt + v_0 = 0 $$ を $t$ について解くということ」

テトラ「ああ……これならすぐに $t$ がわかりますね」

「そうそう。もちろん、テトラちゃんが平方完成したときに出てきた $t - v_0/g = 0$ と同じ結果となる。 つまり、 $$ t = \frac{v_0}{g} $$ だね。速度の大きさが $0$ になる時刻がこれ。だから、そのときの高さは $h(t)$ にこの $t = v_0/g$ を代入して得られる」

$$ \begin{align*} h(t) &= -\frac12gt^2 + v_0t && \REMTEXT{($\heartsuit$)から} \\ h(v_0/g) &= -\frac12g\left(\frac{v_0}{g}\right)^2 + v_0\left(\frac{v_0}{g}\right) && \REMTEXT{$t = v_0/g$を代入} \\ &= -\frac12\frac{v_0^2}{g} + \frac{v_0^2}{g} && \REMTEXT{カッコを外す} \\ &= \frac{v_0^2}{2g} && \REMTEXT{計算した} \\ \end{align*} $$

テトラ「確かに、さっきのあたしの計算と同じ $v_0^2/2g$ になりました……」

「$h(t)$ を平方完成するのでも、 $v(t) = 0$ になる $t$ を $h(t)$ に代入するのでも、 どちらの方法でも正しい結果だよ。 せっかく $h(t)$ を $t$ で微分した $v(t)$ があるんだから、 それを利用するのが楽といえば楽だけど」

テトラ「そ、そこでも繋がっているわけですね……」

「というと?」

テトラ「ええとですね。《高さの最大値を求めるために速度の大きさが $0$ になる時刻をまず求める》という考え方と、 《二次関数の最大値を求めるために導関数の値が $0$ になる $t$ をまず求める》という考え方のことです」

「うん、そうだね。 僕たちが質点の運動を知りたいというとき、 位置と速度と加速度に関心があるわけだ。 位置と速度と加速度が得られると、質点の運動はよくわかる。 それは、関数を知りたいときにその導関数を調べるのと同じこと」

テトラ「なるほど……」

「$h(t)$ と $v(t)$ に並べて加速度 $\alpha(t)$ も書いた方が整理できるかな」

$$ \left\{\begin{array}{llll} \alpha(t) &= -g && \REMTEXT{加速度}\\ v(t) &= -gt + v_0 && \REMTEXT{速度} \\ h(t) &= -\tfrac12gt^2 + v_0t && \REMTEXT{位置} \\ \end{array}\right. $$

テトラ「整理……といいますと?」

「あ、いや、簡単な話だよ。この式で上から下に行くのが積分で、下から上に行くのが微分ということを言いたかっただけ」

テトラ「確かにそうですね……先輩、ちょっと変な話をしてもいいですか」

テトラちゃんの話

「変な話?」

テトラ「$h(t) = -\frac12gt^2 + v_0t$ という式で $\frac12$ という係数が出てくるじゃないですか」

「うん、そうだね」

テトラ「あたし、こういう係数が出てくると、一瞬『難しそう』って思うんです。一瞬じゃないときもありますけど」

「なるほど。 分数の係数が付くと式が複雑そうに見えるからかなあ。 文字は自由に定義できるんだから、 $g$ をうまく定義すればもっと簡単な式になるはずじゃないかと思うの?」

テトラ「いえいえ、それは思いつかなかったです。『難しそうだから、がんばらなくちゃ』って思うだけです」

「パワフルだね」

テトラ「それでですね、先ほど先輩が式を並べてくださって思ったんですが、 この $\frac12$ という係数は、積分して出てきたわけですよね」

「まあそうだね。積分定数を無視すると、定数 $-g$ を $t$ で積分して $-gt$ の項が出てきて、 $-gt$ をさらに $t$ で積分して $-\frac12gt^2$ が出てきたといえる」

$$ \left\{\begin{array}{llll} \alpha(t) &= \FBOX{-g} \\ v(t) &= \FBOX{-gt} + v_0 \\ h(t) &= \FBOX{-\tfrac12gt^2} + v_0t \\ \end{array}\right. $$ $$ -g \quad\longrightarrow\quad -gt \quad\longrightarrow\quad -\tfrac12gt^2 $$

テトラ「はい。逆の言い方をすると、 $-\frac12gt^2$ を $t$ で微分すれば $-gt$ が得られて、さらに $t$ で微分すれば $-g$ という定数になるといえますよね」

$$ -g \quad\longleftarrow\quad -gt \quad\longleftarrow\quad -\tfrac12gt^2 $$

「うん、そうだけど?」

テトラ「そのことを考えると、 $\frac12$ の分母の $2$ には、この世の性質が込められているっ! と思ったんです」

「この世の性質……?」

テトラ「あたしたちの宇宙が持っている性質です」

「おお!」

テトラ「重力加速度を $2$ 回時刻で積分して位置が得られる……位置を $2$ 回時刻で微分して重力加速度という定数になる……という性質のことです。 性質といいますか、法則といいますか。積分の回数、微分の回数が、 $\frac12$ の分母に出てきた $2$ という数に表現されているんですっ!」

「うんうん、テトラちゃんの言いたいことはわかったと思う。確かにそうだね」

テトラ「そう考えると、 $\frac12$ という分数のこと、とても、いとおしく思えてきます……」

「すごいなあ……」

テトラ「宇宙って、すごいですよね……」

「いや、テトラちゃんがすごいよ……」

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(2019年11月22日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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