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第403回 シーズン41 エピソード3
式の計算、問いの意味(前編)

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【書籍紹介】

「証明……わかりません $\NONA$」 ノナちゃんが図形の証明に挑戦!

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

ノナ「どうして……この $x + x = 2x$ は計算できるんですか $\NONAQ$」

「なるほど。ありがとう、ノナちゃん。 そんなふうに質問してくれると、ノナちゃんが何を知りたいと思っているか、わかりやすくなるね。 $x + x = 2x$ というのは $x$ がどんな数であっても成り立つ式。 $x$ がどんな数でも——

  • 『$x + x$』つまり『$x$ と $x$ とを足した数』
  • 『$2x$』つまり『$x$ を $2$ 倍した数』
——この二つは等しくなる。 だから、 $x + x$ が出てきたときは、必要に応じて $2x$ として考えても構わない。 そういう知識が背景にあって、 数学の問題を解いたり、数学を考えたりするときには、 $$ x + x = 2x $$ みたいな式を書く。 それを『$x + x$ を計算して $2x$ にした』と表現することもある」

ノナ「計算 $\NONA$」

「でも、 $x + x$ を必ず $2x$ にまとめなければいけないってわけじゃない。 まとめた方が便利なのは確かだけどね」

ノナ「計算……計算しなくてもいい $\NONAQ$」

「うん。じゃあ、この方向にいっしょに進んでいこうか」

ユーリ「お兄ちゃんの《先生トーク》が炸裂するぜ!」

ユーリがそんな軽口を叩いて、ノナは笑った。

ノナユーリの三人は、 リビングでおしゃべりをしている。

ノナが抱いている(らしい)数学の疑問を探りながら進んでいるところ。

「$x + x = 2x$ は『$x + x$ と $2x$ は等しい』を表しているんだけど、 さっき僕は『$x$ がどんな数でも $x + x$ と $2x$ は等しい』のように言葉を補って説明したよね」

ユーリ「ちょっと待って。いま同じこと二回言わなかった?」

「『$x$ がどんな数でも』って言葉を補ったよ」

ユーリ「それ、大事な話? それとも細かいところへのこだわり?」

「両方だよ。何かの本に、$$x + x = 2x$$とだけ書かれていたら、 それは『$x + x$ と $2x$ は等しい』と読むのが普通のこと。 先生が黒板に $x + x = 2x$ とだけ書いて何も言わない場合も同じ」

ノナ「……」

「先生が、 $$ x + x = 2x $$ という式だけをぽつんと書いて、あとは無言だったら、 $$ \textrm{$x + x$ と $2x$ は等しい} $$ と言ってるだけだ。それ以上は何も意味してない」

ユーリ「えー」

ノナ「恐い $\NONA$」

ユーリ「だよねー! 先生が黒板に式だけ書いて腕組みして黙ってじっとこっちを見てたら恐すぎるって。 『……はい、みなさんが静かになるまで、五分かかりました』って怒られるやつじゃん! ヤバし」

「勝手に余計な演出を入れるなよ。 一つの式をぽつんと置いただけで表せる主張は限られてるっていう話をしてるんだよ」

ユーリ「わーってる、わーってるって。軽いジョークじゃん」

「先生はたいてい、黒板に式を書いて口で説明を補ってる。 『この式は $x$ がどんな数でも成り立ちます』みたいにね」

ノナ「計算 $\NONAQ$」

「そうそう。『$x + x$ を計算したら $2x$ になります』のように説明することもあるね。 ものすごく言葉を補って説明すると……

  • $x$ がどんな数でも、 $x + x$ と $2x$ は等しくなります。
  • ですから、式の中に $x + x$ が出てきたら、それを $2x$ に置き換えても構いません。
  • そのように置き換えると、場合によっては式が読みやすくなったり、問題の答えを見つけるのに役立つことがあります。
  • こういう置き換えは他にもいろいろあるけれど、それをまとめて式の計算と呼びます。
  • 式の計算のやり方を知っていて、自分で自由に使えるようになると便利ですよ。
……となる」

ユーリ「うわ、くど! くどさ、ここに極まれり」

ノナ「計算しなくてもいい $\NONAQ$」

「うん、そうだよ。 $x + x$ を計算して $2x$ にしてもいいけれど、しなくてもいい。 逆に $2x$ が出てきたときに $x + x$ に直してもいい。 $2x$ を $x + x$ にすることは少ないかもしれないけど、 $$ \textrm{《$x$を使って表された$A$》} = \textrm{《$x$を使って表された$B$》} $$ という形の式を習ったときに『AをBに直す』だけじゃなくて、 逆に『BをAに直す』ことをやっても構わない。 イコール($=$)の左と右に書いたもの、つまり左辺さへん右辺うへんは交換しても構わないから」

ユーリ「……」

ノナ「……」

二人の少女は、の言葉に急に沈黙した。

二人とも同じように真剣な顔をしている。 でもきっと、二人は違うことをそれぞれに考えているんだろうな。

は彼女たちが自分の考えをまとめ、それを言葉にするのを待つ。

待つ、待つ、待つ。

は、静かに待つ。

いま二人はそれぞれに、 の話から気付いた《何か》を考えている。

その《何か》はまだ言葉になっていないけれど、 彼女たちはその《何か》をはっきり形にしようと試みている。

たとえていうならそれは、 とても破れやすい紙を使って折り鶴を作ろうとしているようなもの。

あるいはまた、 どんな風に積み上がっているのかわからないジェンガの積み木を、 そっと動かしているようなもの。

そんなところにうっかり声は掛けられない。

その試みはとても繊細な作業であり、 ほんのちょっとしたことでぶちこわしになってしまう。 考えているときに話しかけられるショックの大きさ、 にはよくわかっている。

は、彼女たちの邪魔をしないように待つ。

ノナ「$1 + 2 = 3$ は計算なの……計算ですか $\NONAQ$」

「もちろん、計算といっていいよ」

の答えにノナは、ほっとした顔になる。

「ただ、僕が言おうとしてたのはこういうこと。 $1 + 2 = 3$ という式そのものは、 『$1$ と $2$ を足した数』と『$3$ という数』は等しいと言ってるだけ。 そして、その式を使えば、 $1$ と $2$ を足したら $3$ に等しくなるという数の計算を説明できる。 『左辺から右辺に数の計算を進めてもいいですよ』 という説明ができる」

そこでノナは、片手を左から右にすうっと動かした。

ノナ「こう……こうですか $\NONA$」

「そうだね! 文字が書かれているとき、 僕たちはふだんは左から右に読んでいくから、 左辺を計算したら右辺になるという流れは伝えやすい。 その方が自然に理解できるから、 ほとんどの場合は左辺を計算した結果を右辺に書く。 でもそれはイコール($=$)を使った式を利用して計算を説明しているんであって、 イコールという記号そのものに、 左辺を右辺に変換するみたいな役目が最初からあるわけじゃないんだ——おっとっと、 早口すぎた?」

ノナ「大丈夫 $\NONA$」

「いまの僕の説明は何となくわかったかなあ」

の問い掛けに、ノナはこくんと肯いた。わかった、ということだ。

彼女の表情と応答スピードから、 ノナが確かに理解しているという手応えを得た。

いまの話はつい早口になってしまった。 以前から何度か考えていたことだったからだ。 イコールという記号、等式という形を使って、 計算というものを説明しているという話だ。

記号や文字や式は言葉であって、 表したい概念そのものじゃない。 概念を書き表して伝達するために、 あるいは概念を書き表して思考の助けとするために、 記号や文字や式を使っている。

記号や文字の並べ方や式の組み立て方を学ぶことは大事だけど、 それは数学に出てくる概念を学ぶことそのものとは違う。 いや、違うと言い切るのも良くないけれど……

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(2023年9月22日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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